pherim㌠

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pherim㌠さんの日記

(Web全体に公開)

2017年
02月04日
23:32

ふぃるめも53 敷物と蝶の月

 


 今回は先日渋谷ユーロスペースにて開催された《イスラーム映画祭2》上映作を中心に、全上映作+1の10作品を扱います。ちなみに本映画祭は東京名古屋につづき、3月に神戸開催される予定です。

  イスラーム映画祭2: http://islamicff.com/

 →たった一人で始めた「イスラーム映画祭」が凄い ヘイトな人を変える出会い:

  https://goo.gl/dmO2uO



 タイ移住後に劇場で観た映画をめぐるツイート[https://twitter.com/pherim]まとめの第53弾です。強烈オススメは緑超絶オススメは青で太字強調しています。(黒太字≠No Good。エッジの利いた作品や極私的ベストはしばしば黒字表記に含まれます)




『敷物と掛布』
革命が勃発する。男は脱獄する。友人と共に。男は逃走する。友人は絶命する。男は殴打される。男達は殴打する。男は通りを見上げる。古びたビル壁の十字架を見上げる。そこはカイロのコプト教徒貧民窟であり、同時にアラブの春を経験した全ての街路だ。男は倒れる。映像は揺れ続ける。

『敷物と掛布』は、カトリックやプロテスタントとは別に古代キリスト教の系譜を引くコプト教徒の、現代都市に暮らす様子を映しだす。タハリール発大文字の革命とは凡そ無縁の暴力が氾濫するその様に、仏革命の混沌も想起された。闇に挽歌の響く映像詩。

イスラーム映画祭2『敷物と掛布』上映後に、字幕訳者で東外大博士過程のアハマド・カリームさんによる2011年初頭エジプト革命時の在カイロ経験談。当初のささやかなデモからネット遮断、軍の市民側加勢と警察のタハリール広場撤退を経て政権崩壊後の広場掃除まで。コプト教徒居住区の解説も良。

先月のコプト教会へのテロを起点に、エジプトにおけるイスラムxキリスト教x国内政治の交接をまとめた良記事。後編は『敷物と掛布』が軸になっています。

 →エジプトのキリスト教会テロはなぜ起こったか【前編】川上泰徳ニューズウィーク日本版:
  http://www.newsweekjapan.jp/kawakami/2016/12/post-26.php




『バーバ・アジーズ』
砂嵐に埋もれる盲目の修道僧。つき添う孫娘は老僧の目となり共に砂漠を歩み続ける。途上出会う無名の歌い手が辿る恋の道行き、砂中の宮殿、王子の幕間、黒猫と精霊たち。満ちる時を巡る生の情景化、としての映画という表現の極。

チュニジア 独仏英合作の『バーバ・アジーズ』、劇中ではアラビア語諸方言の他ペルシア語も交わされ、舞台の特定が避けられているとの由。イスラム世界の物語化は今日なお個人と国家を前提する近代の規範を《自然に》すり抜ける。メッカ巡礼に国境が優先されないイスラム・ロードムービーの深い魅惑。

『バーバ・アジーズ』上映後はサラーム海上@salamunagamiさんトーク。作品のベースとなるスーフィズムとスーフィ音楽の概括、各地のスーフィ音楽祭紹介等。昔偶然動画を見かけドハマリしたモロッコ・ジャジューカ村の翁達も見られ小確幸。https://twitter.com/pherim/status/299146304251121665




『泥の鳥』
ベンガルは河と緑と詩の大地だ。村の家々は藁葺きの木造や、泥土からなる煉瓦造りで一層大地に近い。交わされる歌々は観念よりも体や自然へ直に根ざす。少年と少女は各々の仕方で地より飛び立つ。バウルの歌は方角を指し示す。独立戦争の災禍の下、沈鬱の母がまず立ち上がる。人間の強靭。

『泥の鳥』では、度々登場人物達が歌唱する。あるべきムスリム像を巡り一組の男女が法学者側と「ハディースを無視する」スーフィ側とに分かれ歌合戦を繰り広げる一幕もあり、この闊達さ大らかさが日本で流通するイスラムイメージには欠けているなとか。

『泥の鳥』上映後に川内有緒@ArioKawauchiさんトーク。話は基本RT著書の概説。バングラデシュ片田舎をリキシャでゆく動画がバックで流され、車夫の鼻歌が入り続けていたのが地味に良かった。なお文庫化時『バウルの歌を探しに』と改題。

 川内有緒『バウルを探して 地球の片隅に伝わる歌の秘密』ツイート
  https://twitter.com/pherim/status/749853530458976256

上映後トークで イスラーム映画祭2企画の藤本高之さんに促され頷く観客も複数いたけれど、ダッカやチッタゴンを離れたバングラデシュの田舎は本当に『泥の鳥』のままで、鑑賞中はかつてのベンガル滞在の細部が終始蘇り続ける芳潤な時間だった。




『蝶と花』
タイ深南部のイスラム文化圏を舞台とする少年少女活劇。中盤からの《マレー鉄道版スタンド・バイ・ミー》展開は不朽の名作というに相応しく、憧れの美人教師への贈り物とか、恋仇のワルとの固い握手とかもう甘酸っぱいっちゃら夕陽に叫んじゃら。これが1985年作であることの豊かさな。

『蝶と花』は、鉄道の屋根を根城にマレーシアへ米を密輸する子供達の活写が主だけれど、客車の様子や地方駅や町、タイ深南部の奥深い自然、マレー系タイ系の混淆する生活模様など諸々興味深い。南タイは島嶼部しか知らない自分には僥倖のひと時だった。




『マリアの息子』
イランの片田舎、流麗にアザーンを唱える少年は、村のカトリック教会に立つマリア像へ母の面影をみる。病に倒れた神父のため少年が奔走するいかにもイランイランした本作は、しかし子供の目を通すことで信仰と心の本来性を鮮やかに問い直し、アクションも地味に頑張る意欲作でした。
http://cloudcity-ex.com/?m=pc&a=page_fh_album_image_s...
https://twitter.com/pherim/status/821325732970270721
ちなみに #イスラーム映画祭2 『マリアの息子』、ペルシア語の原題は英字で"Pesar-e Mariam"、英題は"The Son of Maryam"。ムアッジン(アザーン詠唱係)の少年の母がMariamで、コーランに登場する聖母マリアに重なる。宗教宥和テーマがこの二重性にも。




『ミスター&ミセス・アイヤル』
宗教対立の暴動に遭遇した長距離バスで、ベンガル人ムスリムの男性とタミル人ヒンドゥの女性が仮初めの夫婦を演じるのだが。カースト上位の保守的な女性と先進的で英語も明晰な男性が逐一対照的に描かれ面白い。台詞の細部や脇役の造形までよく練られ心酔の二時間。

『ミスター&ミセス・アイヤル』は描写の肌理細やかさに、インド映画では初めてみる味わいがあり不思議に感じたけれど、観終えて女性監督作と知り深く納得。例えば男がムスリムと知らず同じボトルの水を飲んだ女は初め恥じるが後半ではすんなり飲む。そこを言葉にしない粋が全編に散りばめられている。

きのう1月17日は、年に何度か来る「当日」の情景がよみがえる日だけれども、この日に観たこともあって『ミスター&ミセス・アイヤル』から想起されたのは、森山未來と佐藤江梨子が復興した夜の神戸を歩き続ける秀作『その街のこども』だった。災厄の招いた出会い、微妙な距離感、犠牲者を悼む目線。

カシミールへ向かう道が流され、乗る長距離バスが途上の町で立ち往生したことがある。道は国軍が爆破も含め超速復旧させたけれど、この対応力がパキスタンとの戦闘を前提したものなのは言うまでもなく、『ミスター&ミセス・アイヤル』の主人公達が陥った暴力渦中の孤立には肌身に応えるものがあった。




『十四夜の月』
友情をとるか愛を守るか。古典主題に正面から挑みブレなく王道を渡り切る。戦前欧州のサイレントや50年代ハリウッド黄金期を想わせる充溢の風格、こんなインドイスラム映画が成立し得た時代もあるのだなと。また男性優位の背景ながら、ヒロインも遊女もしなやかに屹立してかこよす。

『十四夜の月』上映後、ウルドゥー語字幕翻訳を担当された麻田豊さんトーク。映画は1960年作だけれどヒロイン役のワヒーダー・ラフマーンさんは存命で、東日本震災の際にも麻田さんへ連絡してきたとかで今日なおキリリ美人。グル・ダットって監督としてのみ知ってたけど何とイケメンかつ良渋演技。




『私たちはどこに行くの?』
レバノン、砂漠の小村でムスリムとクリスチャンの男達が諍い合う。女達は対立の兆しを村から遠ざけようとする。だが燻る火種は容易く発火する。女達の下した笑撃的慈愛の決断。黒海対岸から舞い降りた白人美女集団が加わり、村は絢爛の一夜へ突入する。剣に滅ぶな男ども。

互いの殺戮に至る宗教対立というシリアスなテーマを、レバノンの重層的な歴史文脈をも取りこぼすことなくユーモラスに描き切る『私たちはどこに行くの?』。男は皆争い女は皆宥和を望む戯画的な構図が、開幕数分の群舞を最終的に昇華させる構成の絶妙。




『改宗』
バンコクで都会的な日々を送るジューンは、ムスリム男性からのプロポーズを受け改宗を決意する。ゆとりある田舎暮らしへの転身を図るのだが。タイ南部イスラム圏の習俗や、現代タイ若年世代の抱える諸問題が丁寧に描き込まれた、静かな良作。

『改宗』では、生活変化の一環としての改宗が自然に描かれる。ちなみに夫婦が暮らす島はアンダマン海に浮かぶ。タイのインド洋側でプーケット以外の様子が映る点で稀少。蛇足だがジューンのバンコクでの職場として映し出されたタウン誌DACOは、一時期仕事で関わっていたので驚いた。縁は異なもの。




『トーンパーン』
イサーン(タイ東北部)貧困層を再現劇で描く'77年作。映像はゆったり流れつつも、ムエタイや力車稼業を転々とする主人公に貧農のリアルが凝縮された感。73年民主化運動や共産主義への言及もあり当時は公開禁止となった意欲作。







 次回は、《イスラーム映画祭》そのものについて書きます。

 『トーンパーン』のみこの映画祭の上映作ではありません。映画祭は9作上映、ふぃるめもは毎回10作品を扱うためこうなりましたが、本作について以下すこし余談を。


  タイ文学/タイ語翻訳の福冨渉さんによる『トーンパーン』関連ツイート:
  https://twitter.com/sh0f/status/817249683961618432

《「トーンパーン」この作品の製作はきっと当時の左派・リベラル勢力なりの使命感に基づいてなされているのだろうが、ここに出ている学者活動家知識人たちが40年経って分派状態になっているとは、当の本人たちも思わなかっただろう…スラック・シワラックとカムシン・シーノークは安定のイケメンですね》

  「ふぃるめも30 トロピカルガール」(含アピチャッポン6作):
  http://tokinoma.pne.jp/diary/814

 『トーンパーン』は今回、渋谷イメージフォーラムの定番企画になりつつあるアピチャッポン特集の一環で上映されました。この特集の混雑ぶりには隔世の感があります。2002年オペラシティ展示では、正直観客はみな素通り状態、キャプションすら英字名ローマ字読みの「アピチャットポン・ウェーラセタクル」とかで。

 ともあれ『トーンパーン』自体は、彼の監督作ではありません。最大の功績は、こうして彼の存在を起点にタイ現代文化全般へ興味の裾野が広がることかも。
 というカテゴライズを本質的には嫌うのがアピチャッポンなのですが、現実にはタイで最も「タイ代表」を活かしている美術作家/映画監督もアピチャッポンです。彼をめぐっては、今後あらためて触れることも度々あると思います。






おしまい。
#ふぃるめも記事一覧: http://goo.gl/gHAJC4
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