pherim㌠

<< 2017年10月 >>

1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031

pherim㌠さんの日記

(Web全体に公開)

2017年
10月31日
22:42

よみめも36 来るべき眠りのために

↑大手電話会社直轄経営のカフェ@バンコク都心。久々に来たら改装され居心地がよくなっていた。


 ・メモは10冊ごと、通読した本のみ扱う。
 ・くだらないと切り捨ててきた本こそ用心。




1. 岡真理 『アラブ、祈りとしての文学』 みすず書房

 私たちが書かない物語の運命がどうなってしまうか、あなた、分かっていて? それは敵のものになってしまうのよ。
 イブラーヒーム・ナスラッラー『アーミナの縁結び』 p.63


 アラブ系キリスト教徒のイスラエル国籍パレスチナ人。数十年をガザで暮らし、息子たちがパレスチナの闘士となるのを見送りながら、自身がクリスチャンのユダヤ人家庭出身であることを隠し続ける母親。争乱のもと生き別れになり、イスラエル領内でユダヤ人として育ったわが子と対面するパレスチナの父親。

 あまりにも複雑で、図式的理解の意義すら見失いそうになる現実を掬いとる言葉として、文学はたしかに有効なのだなと思わせるに足る一書。著者のもつやや硬い文学観をベースとするその硬質な手つきによって、アラブ文学の実例群が切り開かれていく様は鮮やかだった。とはいえ「祈り」をめぐる言及は若干とってつけた感が拭えない。なにも祈りと文学とは死者を想う一点のみで結びつくものではないはずだし、どのような概念把握からも抜け出る要素こそが表現性の核である以上、とりこぼされるものの方にこそ本質は宿るのだな、ということが読後に思われた。思ったのではなく。

 だが、後日ファウジーヤに再会したハムザは言う、ぼくはきみの面に宿る綿畑の白さを、きみの瞳のなかを流れるナイルを愛しているのだと。 p.151

  本著をめぐる連ツイ:https://twitter.com/pherim/status/919139175110029312




2. トルーマン・カポーティ 『クリスマスの思い出』 村上春樹訳 文藝春秋

 闇に闇を塗り重ねたうえ鋭く切り裂いてくる『冷血』の筆致こそカポーティだと思っていた身には衝撃の珠玉掌編。完璧、いや完璧。クライマックスはもちろんクリスマスの佳境を描く場面だけれど、おばあさんとの凧揚げから終章への、、もう完璧。




3. 山下澄人 『壁抜けの谷』 中央公論新社

 倉本聰の富良野塾出身で風来坊の鳴り物芥川賞作家、な評判から期待値高めで読み出したのが災いし、正直がっかりな読後感。文章はたしかに面白いし、この人にしかできない発想の凄味も感じる。でもそれだけなら坂口恭平でいいんだよな、というあたりをまったく突き抜けていない感じがとても気になるし、そういうものを芥川賞に選ぶ審査員たちの顔や現状の諸々なども脳裡にチラつき、トータルでああなんか残念だなと。とはいえ本作と芥川賞受賞作とは別なので、期待値そのものが筋違いだった可能性は当然あり今後益々精進いたす所存。
 とはいえ谷とは何か。壁抜けとは。主観の自在な交換がむしろ閉塞を生む感じはちょっと良かったな。




4. 千葉雅也 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』 文藝春秋

 なるほどなぁとおもう。面白かったし、良い評判もうなずける。ただ今は本当に、こういう方が売れる時代になっちゃったんだなと。

 現代美術系は人脈的に現代思想クラスタにも近く、共通の友人知人がそこそこいたこともあり、初めの単著が出る前からこの人の名前は同世代の思想家予備軍としてよく聞いていたし意識していた。だから彼の『動きすぎてはいけない』は、一つ上世代の東浩紀『存在論的、郵便的』に相当すると認識した。けれど『存在論的、郵便的』がある種の社会現象になったようには波風立たずこちらが売れる。著者もそれを前提に中身を構成している。そういう作業は、東浩紀や浅田彰が出てきた頃は、他の誰かが担当していたんだよね。最大公約数的に各所からエッジを取り除き、読みやすく濃度を薄めわかりやすい語彙へと落とし込む。そういうことは誰かにまかせ、当人はエッジを越えたさらなる彼岸へと突き進む。そういうバカができなくなった時代ゆえの「バカになる」ことへの切なる願いなんだなと。

 つまりはこれ、もう以前ほどには読者に期待しなくなったってことなんですけどね。哲学者の書く本にすら、何かを与えてくれることだけを望む人々。己の思考を要する文章ではなく、答えを与えてくれる読書だけを欲望する人々を対象とすることが、単行本を世に出すことの前提になった社会。これはとても狭い社会で、けれどその内で充足したいし充足できると思う人が多数を占めている間はこの傾向がずっと続いていくんだろう。でもそれが終わったとき、日本語は今よりずっと貧しくなってる。確実にね。

 まあこれは出版に限った話でなく、他の表現分野もまったく同じ。かつそのなかでどう格闘していくかという点で、この著者の身のこなしは流石だなとも。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 詳細後日追記 ]




5. デニス・R・マクナマラ 『教会建築を読み解く』 ガイアブックス
 
 コンパクトなサイズで図版多めの、「クリスチャン建築の謎と鑑賞をきわめるポケットブック」の副題通りのお手軽本かと思いきや、なかなかに考え抜かれ研ぎ澄まされ切り詰められた内容で、予想外にタメになる本。
 教会建築の連載などやる人にはオススメの一冊。
 



6. 鍋谷憲一 『もしキリストがサラリーマンだったら』 阪急コミュニケーションズ 

 著者は、根津教会専任牧師となった京大法学部卒の三井物産鉄鋼部入社の元エリート商社マン。それで2005年末の刊行というのは担当編集の狙いに安直感も覚えるけれど、内容は至極直球で、ああ真面目なひとが書いたんだなという小説短篇が並ぶ。文学を味わう楽しみを感じることは個人的にまったくなかったが、そこは目的ではないのだろう。こうした“おはなし”形式であることにより心に訴える層というのは確実にいるとも思えた。
 聖書要素を除けばいわゆる「脱サラ・ラーメン屋武勇伝」物との共通項は多いかも、など連想されたあたりも興味深い。

 


7. 『想定外』 チェルノブイリ2016参加者有志

 われらがCalxさんご参加&執筆の一冊。
 副題は「ゲンロン・H.I.S. チェルノブイリツアー2016 記録集」。二十数人の寄稿からなる80頁の冊子で、一般人による感想文集とはいえ短期集中型の集団的無意識の沸騰のようなものも感じられ読み応えある。強制避難対象だった30km圏内に住むダーニャ婆さんの鮮烈が際立つ。他には加藤まり恵の写真と文、小川杏子の「なぜ撮ったかわからない」写真、小林雄己のアンドレイ・クルコフ+東浩紀対談レポが印象に濃い。あとサーシャなる人物の日本語文章に一切の解説がないあたりの謎感。

 姐御衆よりご提供の一冊、感謝。[→ 詳細後日追記 ]




8. 松沢喜好 『英語耳』 ASCII

 バンコク会社在庫物発掘再開。「発音ができるとリスニングができる」の副題から凡百の大人向け英語上達指南本にも見えるけれど、よくあるその手の著者群とは経歴がまるで異なって本著者は富士通からキャリアを始め、米語による音声認識技術の開発に携わった変わり種。
 
 内容も発話する口内の工学的な分析から入っていて説得的。予想外に面白かった。あとリスニング/スピーキングジャンルに見えつつ後半では多読の効用と実践を説くあたりもプチ狂っていて良い。(ガチ褒め)




9. 白坂龍雄監修 南雲つぐみ著 『毎日ぐっすり気持ちよく眠る!』 トレランス出版

 バンコク会社在庫物発掘の2。よくある安眠本かなとパラパラめくりだすと、中盤で「生理活性アミノ酸」なるものの効用ゴリ押しに転化し、後半またよくある安眠本ターンへ戻る。で、この「生理活性アミノ酸」をネット検索するとそんなアミノ酸は当然なく、どうやらそういう名の商品がある時期あったらしい。

 ちょっと面白いのは、これがメラトニン生成にまつわる栄養素のセットだということ。つまりメラトニンそのものを売るのが薬事法に触れる時代の日本ならではの。って今もでしたっけ?




10. 『AMBIENT 深澤直人がデザインする生活の周囲』 現代企画室

 今夏(2017年)パナソニック汐留ミュージアムにて開催された同題展覧会の図録。各図版に深澤直人のコメントがつく他、平野啓一郎や同館学芸員岩井美恵子の小文収録。

  ものは環境に溶けている。
  そのものの登場によって周りの空気や雰囲気は変わる。
  その空気や雰囲気を作るためにものをデザインしてるんだ。
  ものは周りと対なんだ。


 ものに視点をおいたとき、人はものによって変わり得る環境の一部となる。




▽コミック・絵本

α. 五十嵐大介 『ディザインズ』 2 講談社

 フラジャイルなものたちへの愛情と哀切が全面においたつ一巻。このひとの作品はほんとにもう、温かく胸かきむしられるとんでもなさを湛えつづけて奇跡感すら。手塚治虫はもう描かれないけれど、五十嵐大介は描かれつづける。それはとても幸運なこと。もちろん他の多くの描き手にも言えることだけれども、素朴にそう思えることの、ね。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 詳細後日追記 ]




β. 冨樫義博 『HUNTER×HUNTER』 33 集英社

 「旧世界の6大陸が、実は湖に浮かぶ島々でその外縁には謎の暗黒大陸が!ナンダッテー!!(ガタッ」という展開に、幽☆遊☆白書の終盤設定を想起しwktkが止まらない。これジャンプ=ドラゴンボール式の腕力インフレ展開とは構造が全然違って、物語に自ら破れをもたらす仕掛けなんだよね。そして言うまでもなくそこがイイ。これがなかったら『レベルE』の変奏曲が巧くなっていくだけしか期待できない漫画家なんだけど、てかそれでも充分すぎるほどキレッキレなんだけど、余裕で越えてくれるからイイ。クラピカの再フィーチャー、ここも幽☆遊☆白書の破れ要素回帰を感じる。イイ。




γ. 冨樫義博 『HUNTER×HUNTER』 34 集英社

 ヒソカの本質的空虚が透徹する。好き放題やってますの。良い。良いよ~、そのまま行って~、できればおやすみ少なめに~、とは全世界5億5千万人の冨樫ファンからの切なる願い。

 ま、しかし前半のクロロxヒソカ戦は天下一武道会で後半のクルーズは『ONE PIECE』で、あとがきには『ドカベン』への言及あるし壺中卵のおもちゃバケモノは『AKIRA』だし、これが村上春樹の『騎士団長殺し』と同時進行されたあたりに批評的意味を見いだす言説は必ず出てきますね。ってか時期的にはもう出てるだろうな。読まないけど。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 詳細後日追記 ]





 今回は以上です。こんな面白い本が、そこに関心あるならこの本どうかね、などのお薦めありましたらご教示下さると嬉しいです。よろしくです~m(_ _)m
#よみめも一覧: https://goo.gl/VTXr8T
Amazon ほしい物リスト: https://www.amazon.co.jp/gp/registry/wishlist/3J30O9O6RNE...

コメント

2017年
11月01日
00:35

1: calx

7. 『想定外』 チェルノブイリ2016参加者有志
よみめも、ありがとうございます。
これ、投稿された参加者にお知らせしてもよいでしょうか?

ちなみにサーシャは、現地ツアーガイド補助で、キエフ大学で日本語専攻。ガイドの仕事じゃなければ、べつにゾーンには入らないと。編集一同が唸った曰く付き原稿。

チェルノブイリ訪問、あれから一年。冊子つくるのに半年。最近の話題は、映画『ワンダーウーマン』のシーンに、プリピャチの観覧車が写り込んでいる件か。

2017年
11月01日
14:37

お、では基本このままツイートしますので、RT&コメそのままリプなどしていただくと効率的かと~

そういえばけものフレンズにも出てましたよね。あれ出てたっけ。

2017年
11月01日
14:55

3: calx

ツイートありがとうございました!

: