今回は、この7月に開催された国際交流基金アジアセンター主催企画
《東南アジア映画の巨匠たち》上映10作品と、同
《響きあうアジア2019》舞台2作品+αを扱います。(含短編1+再掲1作)
pherim共著:『躍動する東南アジア映画~多文化・越境・連帯~』:
https://amzn.to/2SLl12l
また拙共著
『躍動する東南アジア映画~多文化・越境・連帯~』、本特集上映作全てを含めたこの方面の最新潮流を概観する上では必須の解説書となっています。よろしければご笑覧くださいませ。
さてタイ移住後に始めた、劇場/試写室で観た映画をめぐるツイート
[https://twitter.com/pherim]まとめの第118弾です。
強烈オススメは緑、
超絶オススメは青で太字強調しています。
(黒太字≠No Good。エッジの利いた作品や極私的ベストはしばしば黒字表記に含まれます)
『十年 Ten Years Thailand』
アピチャッポン他実力派 若手によるオムニバス。起点となった香港版
『十年』や日本版(是枝裕和総監)への言及を含む、初見直後の連ツイ紐づけ。直近の香港では抗議の自死も出ましたが、この連作潮流の源に覗く闇は本作へも深く翳を落としています。
"ตัวอย่างทีเซอร์" "Ten Years Thailand" "十年泰國"(台灣預告片) https://twitter.com/pherim/status/1145198084499968000
アピチャッポン
《フィーバー・ルーム》
予感した通りバンコクでの記憶の輪郭が明瞭となる体験で、機器と機会の洗練により洞窟没入感が鋭く、前半映像部との乖離も鮮明化。映画的試行と言う当人の意図を離れ「舞台公演」の枠組みで観た人の不評も散見、刺激が埒外すぎたのかも。
昨秋バンコクでの初鑑賞時ツイ: https://twitter.com/pherim/status/1145502144612597760
アピチャッポンのフィーバー・ルーム、日本語であまり語られないだろう感想を一つ。白煙と鋭い光線が幻出させる洞道、タイ仏教の灌仏会等で堂内に張られる聖糸の醸す空間感覚に近い。不空羂索観音の羂索、仏掌から衆生へ投射される心念不空の索に導かれ輪廻解脱へ、に擬される光源=消失点の無限遠性。
(画像→https://twitter.com/pherim/status/1147006155949875200)
差し伸べられた仏掌にはこの掌を、とぞ。フィーバー・ルーム公式画
(→ https://twitter.com/pherim/status/1147349805569466369 )のように光へ手をかざす人、日本公演では見なかった。みなneat。バンコクでは思い思いに髪を透かしたりシャツに映したり遊ぶ人続出してた。(自分は光線が一本に収束した時やったので、昼に目撃した人あれ私)
『ダイ・トゥモロー』
“ありふれていて唯一の死”をめぐる異色作。30代の華僑系タイ人監督ナワポン・タムロンラタナリットが虚実架橋しつつ描く死生観は、上世代に強い土着性が薄れ日本のそれとほぼ齟齬を感じない。また透徹して流麗な映像は、現代バンコクのベタに“都会的”な感覚の最先端を体現する。
"Die Tomorrow" https://twitter.com/pherim/status/1145897333097291776
『痛み』
食う。肉、斬られる。痛い。あまりにも生理的に“来る”エリック・クー初期短編('94)。その残虐さが災いし、シンガポール国内で上映禁止の検閲を受けながら長編デビュー作『ミーポック・マン』('95)資金獲得の道を開いた逸話も納得の圧。これ見せられたら次に何撮るか、そりゃ気になろうもん。
動画見当たらず。画像→ https://twitter.com/pherim/status/1147396933230583809
"Pain"
『ミーポック・マン』
シンガポールの場末でMeePokを商う青年と夜更けにたむろする娼婦達。屋台グルメから純愛ホラーへ急旋回するエリック・クー衝撃の長編デビュー作。この監督の近作に顕著なウェルメイド性から程遠い、カオスと熱にキリ揉みされまくり、方々破れまくりでこれが観たかった感しかない。
"Mee Pok Man" https://twitter.com/pherim/status/1147378114315444224
『一緒にいて』
妻に先立たれた食料品店主、想いを裏切られる女子高生、大食い独身男の片思い。3つの孤独な物語を、聾唖で盲目の老婆を巡るドキュメンタリーが包み込むエリック・クー2005年作。シンガポール現代史を象徴するような老婆の来し方に、主人公らが命を吹き込まれる構成の静かな鮮やかさ。
"Be With Me" https://twitter.com/pherim/status/1148497892572667904
エリック・クー監督作、過去に観た作品のうち一つだけ紐づけ。
"In the Room"、2015年作。エリック・クーをめぐる日本語文章ではふしぎとスルーされがちだけれど、一方の十八番ともいえる奇譚系列の良作でした。
邦題
『部屋のなかで』で大阪、高崎にて映画祭上映実績あり。
"In the Room": https://twitter.com/pherim/status/805206172147953664
『アルファ、殺しの権利』
本物のSWAT部隊を登用し、フィリピン麻薬戦争の現場へ肉迫するブリランテ・メンドーサ新作。傑作
『ローサは密告された』のエンタメ 音響強化版といった自己模倣感が濃いものの、汚職警官を軸としドゥテルテ政権の武力攻勢を背景に置く映像は、細部の迫真性が目を飽きさせない。
"Alpha, The Right to Kill" https://twitter.com/pherim/status/1150715223172452352
ブリランテ・メンドーサ『ローサは密告された』:
https://twitter.com/pherim/status/889123911438184448
『アルファ、殺しの権利』は、今秋国内ロードショー予定。ブリランテ・メンドーサは
『ローサは密告された』の衝撃が物凄かったためだろう、本作をめぐり“メンドーサに望んでいたのはコレジャナイ感”の表明がネット上に散見される。わかる。
メンドーサ本人がNetflixへ持ちかけた企画という
『AMO 終わりなき麻薬戦争』('17)、面白い。第1話から
『アルファ、殺しの権利』('18)の登場人物がガシガシ出るので、先にネトフリ鑑賞お奨め。いま第2話途中だけれど、時間破産のためバンコクへ戻るまで続きが観られそうにない、つらい。
Netflix『AMO 終わりなき麻薬戦争』: https://www.netflix.com/watch/80219066
『アジア三面鏡2016:リフレクションズ』連ツイ紐づけ、今回は平日午前の一度上映。初見時「継続に意義」と書いたが、
『アジア三面鏡2018:Journey』(後日追記)との間で、たった2年でも日本社会の構造変化や日本人の自意識変化が端々に感じられ興味深い試みと。津川雅彦矍鑠。
『アジア三面鏡2016:リフレクションズ』
フィリピンのブリランテ・メンドーサ、カンボジアのソト・クォーリーカー、日本の行定勲によるオムニバス。この3人の組合わせより2017以降の継続に意義を感じた。プラナカン住宅舞台の行定作は、津川雅彦と永瀬正敏演じる父子のズレが切な可笑しい。
"Asian Three-Fold Mirror 2016: Reflections" https://twitter.com/pherim/status/904286941062905858
『アジア三面鏡2018:Journey』
長谷川博己の渇いた情感が良い
『碧朱』 は、ヤンゴン環状線という基幹インフラの現代化に手を貸す日本人の葛藤を描く点で三面鏡2016のソト作に連なる。
母娘の軋轢描く
『海』はデグナー監督の内蒙古出身を反映してか海エンドに謎解放感。
『第三の変数』は、交流基金後援でエログロ撮ってのけるエドウィンが微笑ましい。
"Asian Three-Fold Mirror 2018: Journey"
『飼育』
クメール・ルージュの少年兵が、米軍の黒人パイロットを“飼育”するリティ・パン2011年作。大江健三郎原作の生理的昏さや大島渚版の陰湿さから遠く、朗らかな土地性が処々で冷酷な物語を脱臼させる。牛飼いや川魚漁、豚捌き等の描写が濃い点、仏題
"Gibier d'Elevage"(ジビエ!)に呼応し実は鍵。
動画見当たらず。画像→https://twitter.com/pherim/status/1153069860257030144
"Shiiku" "Gibier d'Elevage"
ちなみに大島渚
『飼育』は1961年作。説明ゼリフ連射の前半げんなりするが、村人みなのゲスさ極まる後半でこの溜めが活かされる。大江健三郎原作とは別種の情念をたたえ、敗戦の報がもたらす大人達の呆け顔が良い。描かれる太平洋戦争末期の日本からの時差という点でも、ポルポト後のリティ・パン作は共鳴する。
"Shiiku" "Catch" https://twitter.com/pherim/status/1153305095175430151
ところで各国5人の巨匠 新進監督で構成されるこの上映企画、リティ・パンが若干浮いていた。他面子と異なり来日せず協働せず連動する舞台企画もない。旧宗主国ベースの意味合いでは、同じく“東南アジアの巨匠”ながら今回名の無いトラン・アン・ユンに近いかも。ともあれS21神。
リティ・パン監督作『S21 クメール・ルージュの虐殺者たち』:
https://twitter.com/pherim/status/488145956018208769
『メモリーズ・オブ・マイ・ボディ』
少年が同性愛を自覚するなか、女装した男によるジャワの伝統舞踊レンゲルと出逢うLGBTQ映画。指先から流れる血は象徴する。虐殺弾圧を伴うインドネシア独裁と急進的イスラム主義の下、村の習俗であった芸能が蒙る抑圧と、枯れぬ生命力を。ガリン・ヌグロホ最新作。
"Kucumbu tubuh indahku" "Memories of My Body" https://twitter.com/pherim/status/1155413680856502273
ガリン・ヌグロホ
《サタンジャワ》
ジャワの影絵芝居ワヤン・クリットと弁士ダランからなる伝統様式を、ガリン・ヌグロホは銀幕と舞台演劇へ遷し拡張する。舞台上の仮面舞踊や楽団の生演奏と極度に完成された映像とは初め乖離して感じられたが、次第に澄明さ増すコムアイの歌声が神懸かり的に全てを束ねる。余韻の異様。
→画像:https://twitter.com/pherim/status/1156885618917441537
『見えるもの、見えざるもの』
バリ島。双子の少女タントリと少年タントラ。脳障害で眠り続ける少年の近づく死を少女は感覚し、月夜に舞う。薄白い宵闇のなか少年は舞いに応じる。ねっとりとまとわりつく昼の空気。夜ごと深まる精霊の息遣い。'86年生まれの新進監督カミラ・アンディニが撮るこの現実。
"The Seen and Unseen" https://twitter.com/pherim/status/1235760025169047552
※舞台作品 ウティット・ヘーマムーン×岡田利規×塚原悠也 『プラータナー:憑依のポートレート』(福冨渉 訳)については、別途後日投稿します。
自身バンコクに暮らした歳月が直に描かれたこともあり、とてもパンチの効いた演劇体験でした。
おしまい。
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