pherim㌠

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pherim㌠さんの日記

(Web全体に公開)

2017年
09月23日
03:27

よみめも35 熊に蜜の流れる

 

 ・メモは10冊ごと、通読した本のみ扱う。
 ・くだらないと切り捨ててきた本こそ用心。




1. 山森みか 『「乳と蜜の流れる地から」から 非日常の国イスラエルの日常生活』 新教出版社

 下記過去日記に引用文たっぷり。

  「乳と蜜の流れる島」: http://tokinoma.pne.jp/diary/2403

 拙主催SNSで更新される彼女の日記が、2002年刊本著の21世紀版新章への源泉となり得ることも感得される読書体験。

 旦那衆より拝借の一冊、感謝。




2. 東浩紀 『ゲンロン 0 観光客の哲学』 ゲンロン

 「観光」をキーワードにした思想、と耳にしてまずウエルベックだな~と『プラットフォーム』に描かれる南洋の混迷を思い浮かべたのはたぶん、第一にこの自分がそこに身を置くからで、第二に「観光」の語へ標準を当てる東浩紀の身振りが孕む挑発性に、ウエルベックにも通じる文学的な感覚の良さをみてとったからだろう。

 それに対して「郵便」は、存在しえないものは端的に存在しないが、現実世界のさまざまな失敗の効果で存在しているように見えるし、またそのかぎりで存在するかのような効果を及ぼすという、現実的な観察を指す言葉である。本書ではその失敗を、『存在論的、郵便的』を引き継ぎ「誤配」と呼ぶ。否定神学では、神は存在しないがゆえに存在すると考える。けれども郵便的思考では、神はとりあえず存在しないが、現実にはさまざまな失敗があるがゆえに存在しているように見えるし、またそのかぎりで現実に存在するかのような効果を及ぼすと考えるのだ(ヴォルテールとドストエフスキーが示そうとしたのはまさにこの力学だといえる)。 p.156-7

 なんだこのまとめ力は。

 白状すれば東浩紀『存在論的、郵便的』は、学生時に読んでさっぱりわからなかった。よくわからないけど最後まで読んでしまった本という意味ではハイデガー『存在と時間』に並ぶ一冊だったのだけれど、この数行(↑)で積年のわからなさもすっかり氷解した心地にさせられる。やばい。

 ぼくは、「人間は人間が好きではない。人間は社会をつくりたくない。にもかかわらず人間は現実には社会をつくる。なぜか」と問いかけた。十九世紀のヘーゲルは、その問いに対して、「人間は国家をつくり、国民になることで、社会をつくりたくなかった未成熟な自分を克服することができるから」と答えた哲学者なのである。 p.91-2

 テトリスのようにピースが嵌っていく読書感覚。なんかね。

 あと冒頭に述べた「挑発性」、たとえばこれはかつての宮台真司における「援交」などとも重なり、意図せぬ文脈外でフレーム展開することを、あらかじめ覚悟しまた期待もするかのような前のめり姿勢がまず好ましい。決め手はロジックじゃないんだよね。もちろん文体なんかじゃない。構築性なんかあるに決まってるし、文章は可能なかぎり研ぎ澄ませるのが当然で、その洗練に個性が宿るとかいう話じゃない。そういう当たり前のことをこなす書き手が当たり前のようには流通しない昨今、まことに貴重な存在かと。
 



3. 金子遊 『辺境のフォークロア』 河出書房新社

 金子遊『辺境のフォークロア』は、島尾ミホを媒介とするソクーロフの奄美体験や、流刑地サハリンを旅したチェーホフとギリヤーク人の交接などの描写に始まる。本書を読み始めたのは成田発佐賀行きのLCC機内で、着陸が近づき眼下に現れた筑後川や沖端川の姿が、ごく自然に奄美や樺太の河川と連環してイメージされた。
 記述は後半、小笠原から南洋へと展開する。戦間期パラオからより原初的生活を期待してサテワヌ島へと移住した彫刻家・土方久功による著作からの引用は殊に興味深い。

 ……土人の中にめりこむことによって、私は南洋に賭けたと言ってもいいだろうか。裸で跣で土人の暮しをする。「土人」になれた訳ではないが。しかし一方、それ故に、いつ内地に帰るようになるかもしれない――現に私は戦争になって南洋を引きあげて帰ったではないか――(略)或は多分のんき過ぎて、土人として死ぬことがあっても、それはそれでいいではないか。私は南洋で暮してつくづくと知った。文明人が人生の意義を吹き込まれるという形で希望、野望を植え付けられる不幸を。(「わが青春のとき」『土方久功著作集6』) p.204-5

 戦争により、入れ代わるように南洋へと入り最期を迎えた多くの日本兵の体験を想像したのは読み終えたのが8月半ばだったゆえだろうか、ともあれここに覗くのはかつてサイードが批判したのとはまた別のオリエンタリズムの可能態であり、この「別」の在りかたの細部にこそやはり惹かれる。おそらく輪郭の探索と確定への道程こそ、まとわりつく所与の桎梏からの解放へと連なる一等の早道だからだ。

 


4. ブルース・チャトウィン ポール・セルー 『パタゴニア ふたたび』 池田栄一訳 白水社

 ブルース・チャトウィンとポール・セルー、各々紀行作家の大家として認識していたけれど、直接の親交があるとは知らず。往復書簡のような形でパタゴニアを巡って交互に文章が綴られる本書は、競作ならではのうっすらとした緊張感もただよう心地よい読み応え。後半へ入って古典引用合戦みたいになるのすこ。

 村上春樹訳などもある「ポール・セロー」名のほうが知名度は高いと思うけれど、訳者あとがきではっきりとそれは誤訳と言及されているあたりもなかなか、気概その他もろもろ感じますね。 1993年初版本の2015年新装版。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 後日更新予定 ]




5. 鍋谷憲一 編著 『文化財礼拝堂再生物語』 日本キリスト教団出版局

 戦前から残る木造建築の礼拝堂として極めて高い文化価値を有する根津教会の改造計画。現行の建築基準法からは外れる古きを可能なかぎり保存しながらも、時代に合わせた機能性の拡張をも目論むこの難事業に立った主任牧師は、なんと元三井物産で世界を駆け回った商社マン。この稀有の組み合わせによる礼拝堂再生への道のりが、関わる教会員や建築事務所、職人さん達との交接に至るまで詳細に描かれる本書もまた稀有。

 ちなみに本書では、信徒や設計者など鍋谷氏の他にも十名近くが文章を寄せており、なかでも施工業者の現場監督として携わった下満勝仁さんの文章が熱い。古い建物に新たな改修を施すということは、そこに積み重ねられた時間や記憶の蓄積を多かれ少なかれ犠牲にすることであり、作業段階の逐一で裁きのようにその取捨選択を強いられることなのだ。そして明治以来、日本の教会堂においてこれに携わる人々の多くがキリスト教徒ではないことに発する信仰と伝統、信仰者と技術者との交感の様を生の声で伝える点でも味わいのある読書体験だった。

 教会建築連載へ向けた読み込みの一。




6. 『タイ ~仏の国の輝き~』 九州国立博物館・東京国立博物館・日本経済新聞社

 展覧会図録。この方面では大家の小泉惠英からタイ関連一般書棚でも馴染み深い山田均まで豪華執筆陣。

  本展をめぐって目下連続ツイート中:
  https://twitter.com/pherim/status/901583933459935233

 ↑見ての通り図録ベースの言及も多い。展覧会本体についてと併せ、後日別立てで日記化する見込み。




7. 坂口恭平 『現実宿り』 河出書房新社

 よくこんなものを300ページも読み切ったな、という思いと、なんかとてつもないものを読んでしまったな、という思い。前者はありふれていて後者は稀有だから、両方あるときには後者こそ正当な評価となる。なんか、とてつもない、もの。

 男は踊りだした。音は聞こえなかった。男は打楽器だった。音もならない。見ることで、男は何かを叩いていた。男は体をうねらせて、そのままブリッジしたような格好で歩き出した。そのまま顔を逆さまにして川のほうへと蟹歩きしている。男は水を吐き出した。鼻から水がこぼれている。おれは見る。おれは聞かない。おれは声がない。声を失っているのではない。言葉は見ることだ。だから止まらない。止まらない洪水だ。おれは洪水だ。おれは水ですらない。おれは見る。洪水に沈められるこの町を。この樹木を。この森を。おれは見た。夢を見た。夢がここにある。夢を聞く。聞いてほしい。聞いてみたらいい。おれは見る。それだけだ。森は川の水を見ている。水はだからおれに話しかける。耳は見る。耳は触る。触ってごらん。 p.262




8. 川上弘美 『神様 2011』 講談社 [再読?]

 この本を、2011年の秋の池袋で買った。今はなき(そしてある意味ぼくを育ててくれた)リブロ池袋店の地下で、当時は本館側入り口のすぐ脇にあった文芸エリアの、一番手前の国内文芸棚の中央下端に平積みされていた。

 読み終えてまず驚いたのは、買った時点で予期したものから大きくは外れない内容ながら、まったく予想していなかった読後感をもたらしたこと。本作は、1993年に書かれた川上弘美の短篇「神様」を、東日本大震災後に川上本人が書き換えたものだ。それを「神様」、「神様 2011」の順で読む。これは予想外に衝撃的な体験だった。時系列がゆがんで、過去がありえたかもしれない未来となるような。ありえたかもしれないが、もうありえない現在となるような。もう一つの現在を生きるぼくたち、へと連なる感、想。
 これに関連してもう一つだけ付言しておく。一年半前に観た、アピチャッポン・ウィーラセタクンの傑作映画『世紀の光』の観かたまで更新されるような読書体験だった。

 読み終えて次に驚いたのは、そのようにこの本を買った時の鮮明な視覚記憶が、読後の余韻を上書きする形でよみがえってきたことだった。つまりぼくは、本作をおそらく買って比較的すぐに読み、思い出すことはできないが記憶の片隅には残っていて、通読により刺激された記憶が無意識に視覚野を使役してイメージを再起した。たぶん。




9. 『ゴッホ 最期の手紙』 太秦株式会社

 映画『ゴッホ 最期の手紙』の試写で、通常もらうプレスリリース(多くは販売用パンフの原形)の代わりに配布された本。学校の図書室などによくある美術家や音楽家の伝記シリーズのような外装で、84頁ある中身のうち半分はフルカラーという、プレス資料としては稀有な贅沢品、というかどうペイするんだこれっていう。まあ映画自体が120人超の画家を雇って6万枚超の油彩画と水彩画を描かせたイミフぶりなので、狂気を感じるけどきっとどうにかなるんだろう。ゴッホだって、、、いやどうにもならなかったけど。




10. "In The Eye of (Each) Other" The Japan Foundation Asia Center

 国際交流基金アジアセンターの上映企画《ワーキングタイトル》、ふぃるめも72で述べた通りここの無料配布冊子は昔から公的資金力にもの言わせた内容の充実ぶりで、今回も9/3回は例に漏れず、しかしそのデザインが正直ファミレスメニューのようにいつも無難で退屈。けれど9/10回の冊子は少し違うなと思い奥付を見たら、なんとバンコクで印刷されていた。デザイナーも恐らくタイ人。英文併記とはいえ日本語ベースの冊子なのに。

 ただ、上映作のひとつ『オン・ブロードウェイ(On Broadway)』に関する在ドイツの都市人類学・民族誌学者による収録エッセイのテンションをそのままひきずったような巻頭言は正直良くない。何が悪いって若干の意味不明以上に無署名なのがいかにもダサい。まるで日本のお役所仕事のようだ。ってまぁそのものなんですけどね。

 その点、9/3回冊子『アンダーコンストラクション』のほうがテキスト面では質量ともに良い。両方セットでの言及、ということで。




▽コミック・絵本


α. ウオズミアミ 『ひさいめし~熊本より~』 マックガーデン

 熊本地震ルポ漫画。2016年夏頃、第一話のみネット公開していたものを読み、続きが気になっていた。ぼく自身5月終盤には取材で熊本市内を訪れていたので、地震直後からしばらく経った後半部は記憶からも光景を想い描け、諸々思い出したし考えた。

  in 2016 pherim tweeted: https://twitter.com/pherim/status/812094729739501569

 中盤の、崩れかけた熊本城が初めて視界に入る場面は意外なほど衝撃を受けた。被災者でない自分でもそうなのだから、「本著を読んだ被災者の幾人かが、著者の目の前で泣き崩れた」と注意喚起する著者ツイートも納得。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 後日更新予定 ] 




β. 柳本光晴 『響 小説家になる方法』 5-6 小学館

 誰もが知る文学賞(一応濁しておく)を獲得するJK主人公が、村上春樹をモデルとする大小説家の娘で文壇デビューを飾るJKと同じ高校の文芸部、という設定の無理筋がエンタメ方向へよく効いていて巧いなと感心。登場する文学談義もそれなりに読ませるし、力のある言葉がきちんと数ページおきに登場しつづける。しかも主人公の暴力癖が、つねに破れの予感を抱かせる。これは良い娯楽漫画です。

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γ. 弐瓶勉 『人形の国』 1 講談社

 『BLAME!』とも『シドニアの騎士』とも各々共通する設定が登場する一方、球体関節人形ギミックが前面に押し出され、早くも押井守映画化が待たれるところ。(ないだろうけど)
 描線が淡白かつ繊細となって眼福感も増した新作。喜ばしいことです。

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ω. 九井諒子 『ダンジョン飯』 4 エンターブレイン

 3巻までとはトーンが変わる。奇天烈な発想の豊かさ光る短篇の名手による各話完結型のローグライク冒険怪異譚、がもともと『ダンジョン飯』の面白さだったが、ここに来てロングスパンでの伏線回収に乗り出した感。そもそも同一の世界観・人物群設定によるサザエさん展開が持ち味でもなければ、それをやりたい漫画家でもないだろうからこの変調は自然にも思えるし、これはこれで今後が楽しみでもある。が、この変調由来の単調さも若干看取し不安もある。とはいえ安定の素敵地底冒険世界です。
 
 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 後日更新予定 ]
 




 今回は以上です。こんな面白い本が、そこに関心あるならこの本どうかね、などのお薦めありましたらご教示下さると嬉しいです。よろしくです~m(_ _)m
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