pherim㌠

<< 2017年12月 >>

12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31

pherim㌠さんの日記

(Web全体に公開)

2017年
12月09日
05:10

よみめも37 たぶん惑星

 

 ・メモは10冊ごと、通読した本のみ扱う。
 ・くだらないと切り捨ててきた本こそ用心。

 ・今&次回、国連UNHCR協会への取材準備のため難民関連書籍多めです。

 ※今回より引用元頁数表記の「p.」を省略。



1. 檀一雄 『花筐』 講談社文芸文庫

 また、どうでもよいような気持もした。太郎の人生は、おのずと太郎が選ぶままでよろしいだろう。
 自由を選ぶとき己が蒙る悲哀と刑罰は、また必ず己のものだ――。
 私はその空虚になった草履袋の中に、飛び去れなかった虫どもをもう一度拾い取って納めると、太郎の手を取って歩きはじめた。
 「清瀬の病院に行くんだよ。太郎のレントゲンの写真を見てくるんだ」
 「チチ知ってる? 病院のあるところ――」
 「いや、知らない」
 「じゃ、タロ、教えてあげるね」
 却って太郎の方が私を引曳るようにして電車の駅へ急いでいった。
 風がある。それがプラットホームの上を吹き通して、空の中には白雲が悠々と浮遊していた。 212-3

 私が躊躇なく私の故郷だと呼び得る祖父母の家の毎日はこんなものであった。そこで私が祖父母から果して愛されていたのか、それともうとまれていたのかそれは知らない。祖父の家には静粛な規律があって、その規律のなかでそれぞれの孤独に耐えてゆけばそれでよかった。新しい自分自身の勇気を撰んでゆけばそれでよかった。
 愛情などというものは言葉の蔭に棲むものではない。また神慮は広大であるが故に、生命というものは、おそらく、人々が招くようにしかやって来ないのである。 64


 要所要所に「神」の顕れ。どういう信仰の持ち主なのかすこし気になり検索するも判明せず。名を成したのち、ポルトガルへ2年ほど滞在しているし、マリアへの言及も色合いが濃いのでカトリックに親しいということはありそう。こういう本当に巧い人たちがともすれば霞むほどに並び立つ時代、への。

 生きるということは、均衡を知ると言うことだ。自然との対比の中に己の限界を匡し、己の限界を越えることだ。何に向ってか? おそらく神に向ってであろう。まぎらわしいならば、生産する自然力と呼び換えてもよい。
 私はもう一度自分の破れ果てた家を見廻し、改めて二ヵ月の嬰児を抱いてみた。軽かった。 201


 


2. パブロ・ネルーダ 『ネルーダ詩集』 思潮社

 なにかがわたしたちを呼んでいる ひとりでにすべてのドアが開き
 水が窓にむかって 長いうわさ話を語っている
 空は下にむかって伸びてゆく 根っこをさわりながら

 このようにして 昼夜わたしは空の網を編んではほどいた
 時間をかけながら 塩と ささやきと 成長と 道と
 女と 男と 大地の冬とともに

 詩集〈百篇の愛のソネット〉から Cien sonetos de amor LXVII 96


 巻末ガルシア=マルケス、コルターサル、ガブリエラ・ミストラルらのネルーダへ寄せた文章も機知に富み素晴らしく、訳者解説の水準も高い。思潮社の海外詩文庫シリーズ、かなり良いかも。

 よみめも本項より生成された日記「エロとポエムの裏世界」:
 http://tokinoma.pne.jp/diary/2569

 日中であれ、夜であれ、休んでいる道具をじっくりと観察すると良い。埃だらけの長い距離を野菜や鉱物の重荷に耐えながら走った車輪、石炭袋、樽、籠、大工道具の柄や取っ手。それらの物から生まれる世界と人間との接触は、苦しんでいる抒情詩人にとって戒めのようなものだ。使い古した表面、手によって摩滅した部分、これらの物質のしばしば悲劇的で単純で悲痛な雰囲気は、世界の現実に対して、軽蔑ではなく魅力のようなものを抱かせる。

 「不純な詩について」〈詩のための緑の馬〉 136



 
3. ジグムント・バウマン 『自分とは違った人たちとどう向き合うか』 伊藤茂訳 青土社

 しかし、道徳性があるから必ず道徳的な行為が生じるのかどうか、彼には確信が持てなかった。多数の否定しがたい証拠を基にしてハンナ・アーレントが述べているように、「道徳的な行為は自明なものではない」のである。こうした知識と行動の不一致に気づいていたカントは、その理由は「人間の忌まわしい場所」にあると考え、それを「自分に嘘をつく能力」であると考えた。彼は、自分に嘘をつく能力が必然的にたどりつく、非常に人間的な、自己への軽蔑の恐れ(人間のもう一つの普遍的な特徴)が、そうした能力を抑えてくれるのではないかと期待した。にもかかわらず、これはその期待を十分叶えてくれるほど強い動機にはならないのではないかという考えに、カントはつきまとわれていた。
 それでも、カントは「私の中の道徳法」つまりは「あらゆる動物性や感覚の世界からも自由である生」を明らかにすることを通じて、「私の価値を大いに高めてくれる」ものの存在による自尊心や自己敬意への関心に期待をかけようとした。アーレントは、カントの論法を解釈する中で、「個々人の資質こそが『道徳的な』資質である」と述べている。 100-1


 "Strangers at Our Door"が原題。しょうもない邦題がつく病は映画同様留まるところを知らないし今に始まったことではないけれど、本日本語訳書の場合は副題で「難民問題から考える」が付くからさらに救いがたい。「問題」は「他者」でなくコミュニティを喪失した「我ら」にあり、「我ら」の元へ到来する他者としての「難民」を足がかりにこの「問題」を考える、のが本書の論旨なのだがら、「難民から考える」ならばともかく少なくとも「難民問題」は、問題ではない。

 まるで自分が被害者であるかのように感じられる。何の被害者かといえば、自分がコントロールもできなければ影響も及ぼせない環境の被害者である。私たちは往々にしてそれを「運命」と呼ぶ。しかし、そう呼ぶのは傷に塩を塗るのに等しい。(略)被害者の側はこうした攻撃を避け、自らの尊厳と自尊心を守るためには、加害者の居場所をつきとめ、それに名前をつける必要がある。(略)
 移民のなかでも新たに到来した移民はこうした条件に非常によくマッチする。 112

 
 あらかじめ閉じ《られた》プレハブの壁の非透過性を盲信し、「絆が」とか「一つだけの花が」とか言えば何か気が済んでいたような時代が終わったのではなく、そういう世間そのものがすでにオワッテいたのでした。いまふり返るなら。
 
 今回は図書館で借りたけれど要再読&精読書。良いというかた末尾のAmazon wishlistよりご支援のご検討いただきたく。

 ところでバウマン、われらがレビ先生のテルアビブ大学での職歴あり。おお。なんかおお。




4. 國分功一郎 『中動態の世界』  医学書院

 たぶん藝大受験前の完全に引きこもっていた一年間に書いたノートでのことだけれど、ある時期「能動的衝動に襲われるものこそ受動的に、受動的刺激に対してこそ能動的に」というような主旨の言葉をくり返し書き連ねていたことがあった。
 で。そうか、中動態というものがあったのか、と。十代終わりの自分は結局二項対立のフレームから逃れられず、本質をすくい損ねたのかもしれない。あと木村敏がよく言っていた人間をめぐる『あいだ』の思考って要はこれよね。

 言葉は世界を確定し、自己を切りとり地に屹立させる。その切りとられる枠組みを、人は容易には抜け出せない。とすればこの矮小な個が手にし得る自由の一端は確実に、言語からの離脱の先にあるんだよね。そんなことが可能なのか。ともあれ、別の言語体系に乗り移ることは可能なんだよ。まずはそこから始めよう、という現在。まずタイより始めよ。君はね。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 詳細後日追記 ]




5. 東浩紀 編 『ゲンロン 1 現代日本の批評』 ゲンロン

 日本人としては目下少数派の演劇愛好者である自分にすら、創刊号の冒頭がなぜ演劇なのかと思わせる鈴木忠志+東浩紀対談、読んでみるとその理由が納得される。演劇が政治にも思想にも直に結びついていた時代の生き証人から、聞き手東が伐りだす言葉の鮮烈さに驚くばかり。鈴木翁まったく枯れてない、なおガチで戦ってるんだなと。

 市川真人+大澤聡+福嶋亮大+東浩紀による討議「昭和批評の諸問題 1975-1989」が特に良かった。こうした企画は個別に面白い挿話が出ても全体は散漫に終わりがちだけれど、江藤淳や吉本隆明が広い地図取りの内に位置づけられていく様は爽快だった。界隈の見通しが明瞭になった感。

 あとはマラッカを訪問した井出明による「ダークツーリズム入門 第8回 マレー半島で考える戦後七〇年」。マラッカは個人的にもわりと時間をかけて滞在した思い出のある町だけれど、なるほどの視点。日本軍が娼館使用した建物とか、知らなかったな。
 というわけで、この訪問記を読んでから当地を訪れるのは悪くないと思えた。ただ井出明本人が『歩き方』に載る場所だけ歩く日本人旅行者を皮肉るように、「ダークツーリズムガイド」詣でになってはその精髄を逃してしまいかねないとも感じる。

  pherimマラッカ訪問tweets:
    https://twitter.com/pherim/status/491861725545648129
    https://twitter.com/pherim/status/491219098269777920





6. 木谷佳楠 『アメリカ映画とキリスト教 -120年の関係史』 キリスト新聞社

 タイトルから予感される漠然とした退屈の気配に反し、極めて刺激的な内容。ハリウッドにおけるユダヤ-キリストのせめぎ合いに始まり、米国福音派の右傾化模様まで概観できる広範な視野に基づく鋭利な分析が読ませる。というか米福音派って初めから共和党支持層ではなかったのねとか、「よく考えればそらそうだ」の「よく考える」契機になった。

 それにしても1934年から1966年まで現実に機能していたという「映画製作倫理規定」の全訳が巻末に付されているのだけれど、各面での作品への拘束が分厚すぎて驚く。ハリウッド映画界ですらこうした時代を戦い抜いて初めてあの何でもありモードを獲得したのだなと。商業主義だから何でもあり、という外からイメージが実は真逆で、商業主義では宗教勢力の抑圧に負けるから芸術表現への道を模索・転向したという流れも新鮮。たいへん勉強になりました。

 キリスト新聞社よりご提供の一冊、感謝。




7. 墓田桂 『難民問題 イスラム圏の動揺、EUの苦悩、日本の課題』 中公新書

 難民や移民はそれぞれを見れば弱いかもしれないが、大勢となれば、国家を凌駕しうる非国家主体となる。加えて、エマニュエル・トッドが言うように、外国人は社会に「ある種の無秩序」をもたらす。何重もの理由で、国家とその国民は、難民という非国家主体に対して自らの脆弱性を感じるようになる。攻守が逆転するのである。そうしたなかで、「難民から国家を守る」という姿勢は強くなる。 216 

 安保理常任理事国の拒否権発動による機能不全を主な由来とした、よくある乱暴な国連無能論に対して、UNHCRやWFP、UNICEFなどの技術的機関が果たす役割と政治機関が残す以上の功績を巡る言及は明解。「機能しない国連」と「機能する国連」の混在と二極化。

 はじめは純解説調、次第に論調が右傾化して「難民条約からの脱退も検討すべき」とまで進展するのがこの種の新書にしては意外だったけど、外務省出身の学者さんと知り納得。中公新書って差異化狙いか、テーマ&著者の組み合わせが立ち位置逆張りした感じを醸すことってたまにありますね。




8. 石川幸子 『東南アジアの風に吹かれて』 サイマル出版会

 「国連難民保護官サチコの青春記録」が副題。1989年刊行、UNHCRバンコクオフィスへの勤務歴、の二点が個人的に面白かった。戦後日本の高度経済成長を脇目に、今でいうピースボート(東南アジア青年の船、的な)による覚醒から奨学金ゲッツ国際法での豪州留学、UNHCRでの就職面接と、一直線に国際キャリアウーマンへの道をひた走る感が興味深い。なにしろ国連職員であることが「やり甲斐」の面ではなく実収入の面でも超エリートだった時代の日本スタートで、国際結婚を国際結婚と言分けするのも不自然なほど多国籍な職場&友人関係が鮮やかに描かれる。

 あと国連難民高等弁務官事務所法務官が現場で要されるバイタリティをめぐる記述も説得的、かつ主要舞台が非知のバンコクである点楽しめた。

 そうそう。進学校を進学せずに卒業しさあどうしたものかの18の春、新聞の作文募集で応募した開発援助系NGOの代表も、そう言えばサチコさんfromバンコクだった気がする。世に幸子あれ。




9. 小川哲 『ゲームの王国』 上 早川書房

 クメール・ルージュの暴風吹き荒れる大戦後のカンボジアを舞台とする天才少年と天才少女が織りなす物語。注目のSFみたいな括りで売りに出されていたけれど、上巻だけだとむしろ宗田理ぼくらシリーズの対ポルポト版みたいな進行で、下巻の展開が読めないし楽しみではある。あとSFってカテゴライズさえすれば、こういうポリコレの揺らぎみたいなものも許容されるんだなというのも新鮮。なるほどパラレルワールド文脈なら史実背景虐殺器官もありだよなと。




10. Russell King他 『移住・移民の世界地図』 丸善出版

 なぜか原著者名が一度もカナ表記されず、奥付にも記載のない不思議仕様。なにか事情がありそうだし、てかそんなことが一番気になる自分もどうかと思うほどには視覚的によく練られた良書ではある。低賃金労働による人の移動が大局を動かす点で19世紀以前の奴隷貿易と20世紀の年季奉公労働を等価に扱う目線などサバけていて良い。ガーナとかインドネシア、ロシアの国内遷移なんかもなかなかに新鮮で良い。
 というか単なる地図でなく「地図による図説」という解説法に備わる独特の喚起力ってなんか良いですよね。セクシュアルな意味でなく好きです。




▽コミック・絵本

α. 森薫 『乙嫁語り』 8 KADOKAWA

 不器用娘パリヤの裁縫修行巻。アミルの悪意なき万能ハラスメントが狂おしく微笑ましい。とはいえパリアにしても姉妹妻のアニス&シーリーンにしても各エピソードごとの主役は人物造形的に個人意識の反映描写が強すぎて、中近世中央アジアの「乙嫁」として屹立するのはやはりアミルだなと。細密織物描画と狩猟描画を交互に楽しめる構成のリズムも良く、閑話休題的な挿話群こそ冴えわたる森薫の真価が充溢する8巻満喫。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 詳細後日追記 ]




β. 粟岳高弘 『たぶん惑星』 1 一迅社

 粟岳作品は『鈴木式電磁気的国土拡張機』(よみめも3)以来。持ち味である近代レトロ空間+近未来SF技術によるのほほんパラレルワールド展開がさらに研ぎ澄まされた感。トンネルの向こうがどこかわからんけどともかく惑星で、江戸時代を知らない在住400年オーバーの日系移民がいるという設定がまず面白いし、それなりに米ソを始めとした戦後の国際関係もそれなりに反映され南極大陸みたいな探索模様も描かれるあたり『HUNTERXHUNTER』の暗黒大陸感もあるけど弐瓶勉の殺伐とは対極のなごみ日常感だすとか逆に、そそり立ってる。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 詳細後日追記 ]






 今回は以上です。こんな面白い本が、そこに関心あるならこの本どうかね、などのお薦めありましたらご教示下さると嬉しいです。よろしくです~m(_ _)m
#よみめも一覧: https://goo.gl/VTXr8T
Amazon ほしい物リスト: https://www.amazon.co.jp/gp/registry/wishlist/3J30O9O6RNE...
: