pherim㌠

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pherim㌠さんの日記

(Web全体に公開)

2017年
12月31日
15:32

よみめも38 殺到する現在

移動日@京成スカイライナー, 18 Dec. 2017
 
 
 みなさま今年もお世話になりました。m(_ _)m
 来年もどうぞよろしくお願いします。

 よいお年を~。\(^o^)/


 ・メモは10冊ごと、通読した本のみ扱う。
 ・くだらないと切り捨ててきた本こそ用心。

 ・前&今回、国連UNHCR協会への取材準備のため難民関連書籍多めです。



1. 三島由紀夫 『近代能楽集』 新潮文庫

実子 でもあなたはきれいだわ。私、世の中にあなた以上にきれいな人がいると思えない。みんな窓を沢山あけすぎるのよ、風通しを良くしようと思って。そのあげく何もかも失くしてしまうんだわ。ところが、あなたの持っている窓は一つきり。その窓から世界中のあらゆるものがあなたのなかに入ってくるのよ。あなたは世界でいちばん豊かなひとなのよ。
花子 (きいていない)私、きょうも一日木のベンチに坐っていたわ。あのベンチって何て固いんでしょう。 私、柔い草の上に坐って、あの人を待っているつもりだったのよ。あの人が来ると、私すっと立上るの。そうすると、あの人が私の著物をはたいてくれるんだわ、おや、草の実がこんなについちゃった、って。
実子 私、あなたの裸かが好きだわ。あなたみたいな純潔で豊かな裸を見たことがない。あなたのお乳房、あなたのお腹、あなたの腿、……待っていた甲斐があったのよ。
 (「班女」 151)


主人 都合のいい口実ですな。
清子 和解したんです。(その手から小瓶がポロリと床に落ちる。主人はあわてて、それを蹴とばす)……今は春なのね。はじめて気がついたわ。永いこと私には季節がなかった。あの人がこの箪笥に入ってから。(あたりの香をかぐように)今は春のさかりなのね。この黴くさいお店の中にも、どこからか春の土の匂いや、草木の匂いや、花の匂いが漂って来ているのね。桜は今が花ざかりね。花のほかには松。つよい緑が、あの煙ったような花のあいだで、決して夢を見たりしないはっきりした枝々の形のままに。……小鳥が啼いているわ。(囀りきこゆ)どんな厚い壁も透かしてしみ入る日光のようなあの囀り。春はこうしていても、容赦なく押しよせてくるんだわね。こんなにおびただしい桜、こんなにおびただしい囀り、どんな枝々も支えるだけのものを支えていて、その重たさにうっとりと目を細めているわ。風ね。この風の中にもあの人の生きていた匂いがするわ。私忘れていた、春だったんだわ!
主人 箪笥を買って帰りますかね。
 (「道成寺」 193-4)


俊徳 ごらん、空から百千の火が降って来る。家という家が燃え上がる。ビルの窓という窓が焔を吹き出す。僕にははっきり見えるんだ。空は火の粉でいっぱい。低い雲は毒々しい葡萄いろに染められて、その雲がまた真赤に映えている川に映るんだ。大きな鉄橋の影絵の鮮やかさ。大きな樹が火に包まれて、梢もすっかり火の粉にまぶされ、小さな樹も、小笹のしげみも、みんな火の紋章をつけていた。どんな片隅にも火の紋章と火の縁飾りが活溌に動いていた。世界はばかに静かだった。静かだったけれど、お寺の鐘のうちらのように、一つの唸りが反響して、四方から谺を返した。へんな風の唸りのような声、みんなでいっせいにお経を読んでいるような声、あれは何だと思う? 何だと思う? 桜間さん、あれは言葉じゃない、歌でもない、あれが人間の阿鼻叫喚というやつなんだ。僕はあんななつかしい声をきいたことがない。あんな真率な声をきいたことがない。
 (「弱法師」 247-8)





2. 清水高志 『実在への殺到』 水声社

 ヴィヴェイロス・デ・カストロ、フィリップ・デスコラ、マリリン・ストラザーン。
 カンタン・メイヤスー、グレアム・ハーマン、ミシェル・セール、ブリュノ・ラトゥール。
 
 この数年新たに名を聞くようになった思想家・人類学者たち。これらを結びつける格好の書として読む。体系的というよりは有機的、論理的というよりは物語的な筆致が自分には向いているし、突き放すような最前線の訳書に比べてギリギリわからない感じの難度は心地よい。
 
 また第二章、および第九章で扱われる西田幾多郎の引用文から孫引きして、過去日記

  「運慶、鑿、円成」: http://tokinoma.pne.jp/diary/2628

を書いた。本書は難しいながらもきちんと受け取るべき一著と感じられたので、ただ読むのではない接近を試みる一環として。単語習得の際全身を使うと良いという、あれです。


 

3. マーク・R.マリンズ 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』 高崎恵訳 トランスビュー
 
 訳者のかたが拙SNSオフにいらしたのでブースト読み。
 読書メモが長文となったため別日記↓にて。2本あります。
 
  1.「土の器、呪術とノエル」: http://tokinoma.pne.jp/diary/2632
  2.「凛気と究極、受肉」: http://tokinoma.pne.jp/diary/2637





4. テッド・チャン 『あなたの人生の物語』 浅倉久志・公手成幸他訳 ハヤカワ文庫

 かねてより名作と聞いてはいたけれど、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作"Arrival"(邦題『メッセージ』)を昨秋バンコクで観て以来《読まねばリスト》に格上げされた本書、しかし短編集とは気づかず読み出したため、冒頭バベルの塔を舞台とするガチの歴史物調で始まり期待値の斜め上すぎて興奮した(「バビロンの塔」)。そこはただの勘違いだったのだけれど勘違いにより惹起されたテンションだけは維持されて、かつ二作目以降も「期待値の斜め上」展開が連続して楽しめる、なんだこれは単なる天才の所業であった。

 意識は以前と同じく、時を追ってじりじりと燃えていく一本の煙草であり、そこにあるちがいは、記憶の灰が後方と同じく前方にもあることだ。もちろん、火がほんとうに燃えているわけではない。けれども、ときおり<ヘプタポッドB>が真の優位を占めるとき、私はひらめきを得て、過去と未来を一挙に経験する。わたしの意識は、時の外側で燃える半世紀の長さの熾となる。そして、ありとあらゆるできごとを――そのひらめきを得ているあいだは――同時に知覚する。それは、わたしの残りの人生を包含する期間でもある。
 
 わたしは、“はじめましょう”を意味する表義文字、“含む-われわれ 終点創生 おこなう”を書きあげた。
 (「あなたの人生の物語」 269)

 
 ラス2掌編「地獄とは神の不在なり」における下記引用部以降数ページにわたる、「不信仰者」こそ真の信仰者という型による締めは、意外にも遠藤周作『沈黙』にダブって感じられた。この重層性こそヴィジュアルに活きるのだなとか。
 
 ニールは以前の怒りとジレンマと解答を得ようという願望すべてを捨て去った。自分がこうむった苦しみのすべてをありがたく思い、本当は贈り物だったのに以前にはそれをそうと認識しなかったことを悔い改め、いまやおのれの真の目的を見抜いたこの洞察力を与えられていることにこのうえもない幸せを感じていた。生がどれほど過分な賜であるのかを、最も高潔な人物ですら、人間界の栄光を受けるに値しないかを理解した。
 (「地獄とは神の不在なり」418-9)

 
 「おのれの真の目的を見抜いたこの洞察力」。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 詳細後日追記 ]




5. 東野真 『緒方貞子―難民支援の現場から』 集英社新書

当時UNHCRの職員としてボスニア各地を飛び回っていた日本人女性の中満泉は、厳しい交渉に明け暮れていたサラエボ事務所での日々をこう回想する。
 「砲弾が落ちてくる中、朝八時の国連保護軍との連絡会議から始まって、夜二、三時ごろに一日の報告書を特使に送るまで、ほとんど休みなく働くという生活を三週間続けたら、ある日の夜ついに腕が上がらなくなりました。当たり前ですが、ああ、人間には体力の限界があるんだなと思いましたね。」 84-5


 緒方貞子の全貌に迫ったNHKスペ番組制作を起点とする著作。

  『NHKスペシャル 緒方貞子 戦争が終わらない この世界で』:
   http://www.dailymotion.com/video/x1wn569


 ユーゴに一日500万ドルがつぎ込まれても、リベリアのための要請年2500万ドル(一日7万ドル)は受け入れられない。この状況下で東洋人/女性の国連実務機関のリーダーが、冷戦後動乱の10年にわたり各国政府を大向うに唸らせ続けた軌跡は言うまでもなく稀有なものだけれど、その鼻柱の強さと犬養毅を曽祖父にもつ家系とがダイレクトにリンクしていることを初めて知る。第2次大戦までの、世界と対等に渡り合った日本人政治家の魂を継ぐ最後の一人なんだなとも。

 問題解決思考型の生活を一〇年したんだと思います。一気にすべてが解決できるわけではありません。段階的ですね。すべての段階が次への解決にどうやって繋がっていくかというふうに考えるんだと思います。
 最終的には勘でしょうね。(略)やっぱり年季が進むにつれて経験が蓄積されますから。 124


 本著に引用された9.11テロ時のモフセン・マフマルバフ著作は当時読んだけれど、「先進国では緒方貞子の発言だけが事態を正確にみている」旨の引用部は記憶がない。マフマルバフの目につくほど活動量と存在感のある存在だったのかと、やはり映画監督の発言には一目置いてしまうなど。

 ところで上記動画サイト、南野陽子が緒方貞子を演じるNスペの挿入ドラマから、シームレスに真田広之が登場して井戸から貞子が現れて笑った。デフォルトの「次の動画」自動再生設定による誤配の良サービス。




6. 滝澤三郎 山田満 編 『難民を知るための基礎知識』 明石書店

 UNHCR取材時に持参した本のなかで、先方の反応が最も大きかったもの。というのも編者が各々、UNHCR駐日代表、国連UNHCR協会理事を履歴にもつエキスパート。実践と学究の成分バランスがよく、執筆陣は質実剛健、難民問題を概観したい人には絶好の著。




7. 根本かおる 『ふるさとをさがして―難民のきもち、寄り添うきもち』 学研教育出版

 ひらがな丸文字多用で絵本調な外見から、難民の存在を子ども向けに教えるための教育的に薄められた浅い本かなと開くと、ブータン難民の現状というマニアックすぎる内容から入っていて感心。どちらかといえば後半のモデルや歌手の難民キャンプ体験みたいな章が本著の本質をよく表すのだけれど、UNHCR広報の欲望丸出し感がギラギラしすぎて、こういうのは子供でも(子供のほうが)敏感に感じとるものだ、という視点が内在しないのは結局アピールの相手が大人社会だからであり、読んでいてこのブレがやや痛々しかった。

 ともあれそんな体裁ながらも、「幸福の国」ブータンにとっては都合の悪い被排斥集団たるヒンドゥーコミュニティの難民キャンプから始める点がとても良い。

 ちなみに著者は国連UNHCR協会勤務の履歴をもち、取材時に同著者の『難民鎖国ニッポンのゆくえ』(ポプラ新書)を勧められた。が、今回は時間切れで読めず。メモついでに、米川正子『あやつられる難民: 政府、国連、NGOのはざまで』(ちくま新書)も時間切れで読み通せなかったが、ルワンダ・コンゴメインの内容に関心を覚えた。




8. 坂口裕彦 『ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く』 岩波書店

 2015年以降のいわゆる「EU難民危機」において、トルコからレスボス島へ渡ったアフガン人家族のドイツへ至る軌跡に随行する。若い記者が、ハンガリーの排除壁造成や逐次更新される各国の対応に戸惑いながら、やマケドニア・クロアチアなど小国の事情も観察しつつ試行錯誤をくりかえしドイツへ近づいていく過程は読ませる。

 が、「若い」と思っていたらそれなりにベテランな年齡で、まあ今の世代だとこんなものか(自分の同世代)とも正直思った。近藤紘一や日野啓三、開高健のような含蓄を感じさせる記者って、今の大手マスメディアにはまだいるんだろうか。もういないとしたら今どこにいるのか、とか。あと第5章「贖罪のドイツ」は急造感が凄くて、ホロコーストにまで遡行し肉迫した生きた題材に失礼なのでは、とすら。




9. 小川哲 『ゲームの王国』 下 早川書房

 カンボジアの現代史全体を扱い近未来で終了する日本製SFというのがまず面白く、ポルポトの傷痕生々しい舞台を大して縁もない外国人作家がネタとして使うことの蛮勇に感心するまでは上巻同様(よみめも37)。

 そして下巻中盤からの加速、これには目を奪われるものがあった。一見「そんな偶然あるかよ」な筋立ての細部にしても、セカイ系の閉じたリアリティとは質の異なる、small world experimentの現実感とでも言うべき裾野の広さを背後に感じる。これ、クメール語翻訳されたあとの反応知りたいな。だれか篤志の好事家出ないかな。アニメ化経由が一番ありそう。




10. 世界銀行東京事務局監訳 『人と経済の世界地図』 丸善株式会社

 世界経済・環境の現在を様々な地図やグラフで、というよくある体裁ながら、世界銀行視点という個性もそれなりに発揮され意外な発見のある一冊。世銀による戦略上の地理区分におけるサブサハラ・アフリカ(サハラ以南アフリカ)の鈍器のような重さとか、そのなかでもボツワナの異色ぶりが各方面(相対的な低汚職率、資本形成や新規事業のパフォーマンスでの優位性、エイズ罹患率2割強等々)で目立つことなど。
 
 (おそらく日本育ちによる)体感とは裏腹に、環境破壊の全体進行は今世紀に入ってからも陰りなく、データ的にみるならむしろ絶望必至な状況がたとえば食糧生産高の推移を遥かに上回る食糧価格の急上昇などに反映されているのだが、この点にしてもデフレに慣れ続けた日本人の生活感覚からはまったく遠い現実と言わざるをえない。遠いとはいえそれが現実で、まあしかし何だろう、中国やインドが小国と対等な一国として表記され比較され続けるこの視座の無理ゲー感もまた現実からは程遠く感じられ、しかし群盲象をなで続ける以外にないよなとか、なぜか儚むところへ落ち着く昨今。

 淡水の家庭用水率の国別ランキングとか、なんかむやみさが面白さを喚起する種のデータも散見。




▽コミック・絵本

α. 五十嵐大介 『ウムヴェルト』 講談社

 「環世界」"Umwelt"の語はユクスキュルの提唱した生物学概念で、'90年代からゼロ年代にかけ人類学・現代思想周辺へ再来し少し流行った。これをタイトルに持ってくる五十嵐大介のクロックの遅さが生む目線の鋭さ、ということを読後に思った。

 いやしかし、この短編集の最後に収録された表題作、まさか『ディザインズ』(よみめも32、36)の前日譚だとは。そして『ディザインズ』本編では(記憶する限りでは)言及のない、穀物メジャーによる小惑星上での宇宙開発という前提が描写されているあたり、スゲェなと。あらためて心服するしか、という言絶の。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 詳細後日追記 ]




β. 高浜寛 『イエローバックス』 有学書林

 こうの史代のように国民的ブレイクかますこともないし、岡崎京子のようにカルト化することもないだろうけど、高浜寛はいいぞ。当よみめもではすでに幾度か書いたけれど、このいい感じがずっと続いてくれたらいいし、こういう女性漫画家が淡々と作品を出し続けられる環境が続くといい。ちょっと面白いあとがきを信じるなら彼女は原稿が描けなくなり自殺未遂をくり返したというし、こういう作品を許容する出版環境も厳しくなってきた観がなくはないけれど。それでもね。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 詳細後日追記 ]




γ. 山田胡瓜 『AIの遺伝子』 1 秋田書店

 短編第一話「バックアップ」は、ちょっと信じがたい名作。たまたま並行して読み進めていたテッド・チャン『あなたの人生の物語』(本稿上記)の短編に匹敵する水準を感じる。(超寡作のテッド・チャンに匹敵、は最大級の褒め言葉、のつもり)

 入魂の一話目に比べて二話目以降は魂抜け感も凄いんだけど、それが欠点でなくむしろ良い軽さを生んでいるあたり、制作的事情とのバランスも巧いなと。ライトに読みやすく仕上げたブラックジャックのAI版(ピノコもいるよ!)という観があり、後続巻にも期待大。
 
 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ 詳細後日追記 ]






 今回は以上です。こんな面白い本が、そこに関心あるならこの本どうかね、などのお薦めありましたらご教示下さると嬉しいです。よろしくです~m(_ _)m
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コメント

2018年
01月01日
00:49

1: ruitomy

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願います。

2018年
01月01日
20:07

おめでとうございます~

ことしもよろしくお願いします! m(_ _)m

2018年
01月06日
15:07

 山田胡瓜『AIの遺伝子』、気にはなっていたんですけど、続きものだと思っていたので読まずにいたところ、1話完結だったんですかー。というわけでさっそく買ってきて最初の「バックアップ」だけとりあえず読んだんですが、もう、ご紹介ありがとうございますとしか... テッド・チャンは未読ですが、レイ・ブラッドベリ『火星年代記』のなかの短編「長の年月」とか、 フィリップ・K・ディック「にせもの Imposter」とか、萩尾望都「A-A'」とか、記憶にも心にも残る過去の作品をいろいろ思い出したりしました。山田さんの『バイナリ畑でつかまえて』はあまりにも評判がよかったんで、紙の単行本が出たとき買って読み、表題作は胸を衝く短編作品だった記憶ですね。

 「バックアップ」、ニコニコ静画で読めるみたいですが(http://seiga.nicovideo.jp/watch/mg170809)、そこに山田胡瓜×押井守対談が載っていて(http://originalnews.nico/55591)、山田さんが押井監督からくり返し脚本スタッフにスカウトされていて、読んでいて思わず笑みがこぼれました。いやともかく、ご紹介ありがとうございます!

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