pherim㌠

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pherim㌠さんの日記

(Web全体に公開)

2020年
10月09日
21:50

ふぃるめも155 靴ひも農場と異端の妻

 
 

 今回は、10月9日~17日の日本上映開始作を中心に、劇場未公開作、過去公開作など11作品を扱います。(含短篇2作)

 タイ移住後に始めた、劇場/試写室で観た映画をめぐるツイート[https://twitter.com/pherim]まとめの第155弾です。強烈オススメは緑超絶オススメは青で太字強調しています。(2020年春よりネット配信作扱い開始。黒太字≠No Good。エッジの利いた作品や極私的ベストはしばしば黒字表記に含まれます)


 
■10月9日公開作

『異端の鳥』“The Painted Bird”

ホロコーストを逃れた少年が、スラヴの大地を生き延びる。ゆく先々で虐待され、魔物扱いされ、酷使され、犯される。無慈悲な世界を、彼は黙して見つめ続ける。
どの場面でも、動物たちが共に傷つけられ寓話性を際立たせる。子犬、ヤギ、猫、馬、そして”彩られた鳥”。

"The Painted Bird" https://twitter.com/pherim/status/1312611511567704064

『異端の鳥』は、人工言語インタースラーヴィク(スラヴィックエスペラント)で撮られた。
イェジー・コジンスキーの自伝的小説を元とする本作、東欧旧共産圏に横溢する暴力の気配に投影させた今日性の深さに唸る。など続きは後日連ツイするとして。
まずはこの顔ぶれをみて。2枚目でアガる人、みて。

(バリー・ペッパー@スナイパー画像→) https://twitter.com/pherim/status/1312621570196557824




『82年生まれ、キム・ジヨン』
二重人格をとり込み、女性の多面的な生きづらさを一筋の物語へ編みあげた巧さに唸る。
主人公が抱える切迫感の源を解きほぐし、時系列を往還して描かれる家族模様は説得的。親族の目から会社での無自覚差別まで、合わせ鏡のように日本の状況と瓜二つで諸々考えさせる。

"82년생 김지영" "KIM JI-YOUNG, BORN 1982" https://twitter.com/pherim/status/1311863463916920832




■10月10日公開作

『わたしは金正男を殺していない』

ドッキリ番組と騙され、独裁者の兄を殺した2人の女性。
マレーシアKL空港での世にも不思議な殺人と、怪異溢れる裁判を追う本作が、女性抑圧や国家間の人間観格差を浮き彫りにする流れ、本人の拘留体験語りなど極めて興味深い。華僑系弁護士翁の反骨姿勢に痺れる。

"Assassins" https://twitter.com/pherim/status/1313313239799799808

2人の女性は、インドネシア人とベトナム人で、事件後に拘置所の壁を隔てて初めて言葉を交わし、親友となる。一方インドネシア政府が外交努力でマレーシアの拘束下から解放したのに対し、北朝鮮との関係が深いベトナム政府は邦人保護に二の足を踏む。当事者が物扱いされ進展する事態こそ真に恐ろしい。




■10月16日公開作

『スパイの妻』

黒沢清監督新作が、満州の謀略描くスパイ物で濱口竜介脚本、かつ蒼井優&高橋一生のW主演。
しかもこの座組だけでうなぎ登る期待値を、遥かに超えた面白さ。
神戸の近代建築から衣装小道具まで緻密な再現は眼福の連続で、個々の信念を巡る熾烈な対峙は今日性抜群。この興奮、極の上。

"Wife of a Spy" https://twitter.com/pherim/status/1304949557998923776

『スパイの妻』で驚かされたのは、1940年代を生きる夫妻の造形でした。
貿易業を営む福原優作(高橋一生)は、満州の不可解な事態を察知し信念に従い決断する。妻聡子(蒼井優)は、夫の独断に抗いつつその理想を超えていく。個の対峙を国際港神戸のリアリティが支えきる。熱い。

黒沢清新作『スパイの妻』は、脚本が濱口竜介&野原位という点でも楽しみでした。2人は神戸舞台の意欲作『ハッピーアワー』の共同脚本。
そして黒沢作品と濱口作品(↓RT先で6作言及)に通底する闇深い《不穏さ》の源に近年聴き取りつづけた震災の残響を、今回は遠く貫いてきた。

『スパイの妻』で実はほぼ唯一、夫(高橋一生)だけ神戸弁を喋りません。彼は横浜から移ってきた。
黒沢清監督は神戸出身、脚本濱口竜介&野原位の協働作『ハッピーアワー』舞台も神戸、そして3人が出会った東京藝大映像科は横浜。この“偶然”が映す時代の理にも触れる予定です。

  試写メモ94 (再監獄化する世界3):近日更新予定




『博士と狂人』
ショーン・ペンが南北戦争で心病んだ殺人犯、メル・ギブソンが独学からオックスフォード辞典編纂に立つ言語学者を演じる史実ベース作。
言葉への情熱により閉鎖病棟の壁を越え熱い友情を結ぶ物語に絡む、看守の共感や未亡人の赦し、学内政治や編纂過程の格闘など全編に惹き込まれる。

"The Professor and the Madman" https://twitter.com/pherim/status/1315135529814380544




■10月17日公開作

『靴ひも』
(2018/イスラエル)
母が急死した発達障害男性35歳を、30年前に離婚していた父が引き取る。頑固者の老父は、手を焼かせる息子をはじめ煙たがるも次第に情が移りゆく。
ユダヤの風習や、カフェで働く黒人女性の恋路めぐる挿話も興味深い。突如訪れる前進と解放の描写は意外かつ感動的で、様々に考えさせる。

"Laces" https://twitter.com/pherim/status/1313672063408771072

  
 
 
■国内劇場未公開作(含VOD公開/DVDスルー等)

“In My Room” [Miu Miu Women's Tales #20]

マティ・ディオプ(Mati Diop)新作は、コロナ禍ロックダウン下の古びたパリ高層住宅の一室一室を、心象の幻灯機により穏やかに映しだす。
他界まで20年の独居暮らしを送った祖母との会話記録から再発見される心の旅路と、故人との絆めぐる優しい可能性。

"In My Room : Miu Miu Women's Tales #20" https://twitter.com/pherim/status/1314036849174700032 

マティ・ディオプ“In My Room”、youtube, mubiとも全編+日本語字幕あり。《Miu Miu Women's Tales》の公式HPでは同プロジェクト他作品も視聴可。→https://www.miumiu.com/jp/ja/miumiu-club/womens-tales/wom...

マティ・ディオプめぐる連ツイ↓。過去出演作言及も。現在動向も追記予定。

  “Atlantiques”(’09)&『アトランティックス』(’19)連ツイ:
   https://twitter.com/pherim/status/1258961088827109377





■日本決定済み公開日未定作(コロナ禍延期による)

『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』
小説家として成功、妻を無自覚に軽くみていた主人公が平行世界へ迷い込むと、そこでは自分を気にもかけずピアニストとして成功した妻が。多世界展開が“いまここ”を見つめ直す契機となる流れはどうしてこうも秀作揃いになるのだろう、と不思議で仕方ない(大好きだ)。

"Mon inconnue" "Love at Second Sight"

プレス資料からネット上の作品評まで、似た作品として『アバウト・タイム』や『エターナル・サンシャイン』に言及する人が多いけれど、本作の全面的元ネタといってよいのは『天使のくれた時間』。新しいのは主人公の書くSF小説が事態へガルシア=マルケス的に貫入しだす点で、この点こそ今日的にも感じられる。

で、『時をかける少女』なんかも広くはこの流れに含められるだろうけど、そのなかで極私的に超絶お勧めしたいのは『COMET/コメット』だ、とあまりにも知られてないのでひっそり書きつけておく。日本ではほとんど上映されなかったけど『MR. ROBOT』のSam Esmail監督作よ~。




■日本公開中作品

『オン・ザ・ロック』

すべてに恵まれながら空しさを抱える若い母親が、生涯道楽男の老父とタッグを組んで夫への疑惑を探りだす。
枯れて小粋な翁ではなく、ギラッギラに油光りするビル・マーレイ。ソフィア・コッポラ+A24製作でのみ可能な隘路の先で実現された、この奥ゆかしいユーモアが心地よい。

"On the Rocks" https://twitter.com/pherim/status/1314396634583719937  

監督のうつし身たる女性が迷いつつ活路を見出す流れも込みで、『ロスト・イン・トランスレーション』への時空超えるアンサー作品として楽しめた。ソフィア・コッポラの看板色となっていたガーリッシュ風味は、『The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ』で極まり一段落ついたのかもとか。

  『The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ』(2017)
   https://twitter.com/pherim/status/964810631193874433


『オン・ザ・ロック』主演ラシダ・ジョーンズと『ロスト・イン~』のスカーレット・ヨハンソンは歳の差あれど近い雰囲気が漂っていて、この年齢差を作品内で現出させるビル・マーレイは、そうみるなら監督の実父フランシス・コッポラを多かれ少なかれ代象する。

そして両作をつなげるのがNetflix製作の『ビルマーレイクリスマス』で、この作品を通じたソフィア・コッポラによるラシダ・ジョーンズの“発見”がなければ、『オン・ザ・ロック』主人公役はスカヨハであて書きされたのではとさえ思える。

いずれにせよ、奔放で激烈な魂そなえた父の途方もない文化資本を背負い、そこからどう脱するかに標準せざるを得ない娘に向けて、彼女のためクルーザーまで待たせている父が「お前にはお前の冒険があるんだな」と優しくも端的に娘の“平凡な毎日”を寿いでみせる場面に凝縮された熱量こそ、このうえない。




■国内過去公開作(含映画祭上映作)

『エビのはなし』 ”Histoires de crevettes”

エビ採集の魅力力説から、エビの各部位&生態解説へ至るフランス発のエスプリ充満生物映画。
触手で目玉や尾ひれを洗う姿がかわいらしく、揚げたら旨そうと1分に数回想う。科学映画を200以上撮ったジャン・パンルヴェの人気作で、兄弟による共食いエンドの空しい余韻好き。

"Histoires de crevettes" "Shrimp Stories" https://twitter.com/pherim/status/1312378015309918208




『動物農場』
1945年8月17日刊行オーウェル原作の、英米資本による1954年アニメ化というスピードに、共産圏拡張への危機感をみる。
ナポレオン豚(=スターリン)の凶悪目つき好き、猛馬ボクサーかこよす。CIA肝煎りで9年間の危機感格差が反映された、雄ロバ・ベンジャミン率いる再革命のラスト改変。

"ANIMAL FARM" https://twitter.com/pherim/status/1314887578772885504

ちなアニメ『動物農場』のラスト改変が出資主CIAの意向というのは有名な話らしく、というか黒澤明映画でさえそうであった時代の“危機感”とは本能的恐怖に近いものだったのかも。それに比べ今[動物農場 アニメ CIA]でググると銀座メゾンエルメスHPがTOP表示される西側勝利感。→https://www.hermes.com/jp/ja/story/maison-ginza/studio/16...





 余談。

 『動物農場』を観たのは、『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』関連で。

  『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』
   https://twitter.com/pherim/status/1293741535620558849


 というか本丸は、11月公開のセルゲイ・ロズニツァ3部作原稿に向けた地ならしなんだけど、配給の有田さんからこの話初めに聞いたの去年の話なのに、昨今ベラルーシやらアゼルバイジャンやら旧ソ連圏界隈またきな臭くなり、とりあえずロシア抑えとかなならんねんなこの状況、この数年でまた加速してきた感。

 まあ新潟と北海道の対岸ですからね。長い目でみればアメリカより濃く取り組むべき相手なのも自明といえばそれまでですが。





おしまい。
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