pherim㌠

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pherim㌠さんの日記

(Web全体に公開)

2023年
03月02日
17:54

よみめも77 くりかえす水底語り

(↑カトリック松が峰教会聖堂3階礼拝席からファサード側窓望む)


 ・メモは十冊ごと
 ・通読した本のみ扱う
 ・再読だいじ


 ※書評とか推薦でなく、バンコク移住後に始めた読書メモ置き場です。雑誌は特集記事通読のみでも扱う場合あり(74より)。部分読みや資料目的など非通読本の引用メモは番外で扱います。青灰字は主に引用部、末尾数字は引用元ページ数、()は(略)の意。
  Amazon ウィッシュリスト:https://amzn.to/317mELV




1. 寺山修司 『寺山修司少女詩集』 角川文庫

海では飛べない

そうです 海では飛べません
それなのに海で飛ぼうとして
びしょぬれになっている悲しい鳥

一篇の詩を書くということは
そうした不可能性に賭けてみることなのだ
ということができるでしょう

21


けむり 

言葉で
一羽の鳴を
撃ち落とすことができるか

言葉で
沈む日を
思いとどまらせることができるか

言葉で
バルセロナ行の旅客船を
増発できるか

言葉で
人生がはじまったばかりの少女の薄い肩を
つかむことができるか

 私は
 悲しくなると
 けむりを見ている

245-6


キスが下手なわけ

ぼくのキスが
一匹の大きな猫にかわってしまったので
ぼくは
女の子に逢いにゆくたび
その大きな猫を
連れていかなきゃならないのです

だけど
女の子が目をつむったとき
ぼくが猫をそっともち出すと
たいてい 女の子は
キャーッと叫んで
逃げだしてしまう

84


 #本日のねこさま https://twitter.com/pherim/status/1630765895487492096


恋のわらべ唄

すきなひとを
指さしたら
ひとさし指から花がさいた

きらいなひとを
指さしたら
ひとさし指が灰になった

ところですきなひとのことを書いたら
鉛筆から花が咲くでしょうか

359


なぜって
鉛筆になった少女
鉛筆になった女の子は、朝から晩まで
全身で「恋」という字ばかり書いていました
でも鉛筆になった女の子は
その字を読むことができませんでした
鉛筆には目がないからです

361


 十歳の赤ずきんは、おばあさんの耳について話しただけだが、狼にとりつかれ、自分が狼だと思い込んでしまっているおばあさんは舌なめずりしながら、そう答える。山の中で家族から見すてられて、たった一人で病気で寝ているおばあさんが、かわいい孫娘に襲いかかるのは孤独の狂気である。そして、それはかわいそうな狼であって、決して恐ろしい狼などではないのであった。 281


赤糸でぬいとじられた女がいて
赤糸でぬいとじられた家に住み
赤糸でぬいとじられた息子と二人
赤糸でぬいとじられた猫を飼って
赤糸でぬいとじられた歌を唄いながら
いつまでもしあわせに暮しました

うそつきな女がいました
うそつきな男に恋をしました
空にかかったらそのお月さま
かわすことばもうそばかり
うそでかざった城に住み
うそのしぐさで愛しあい
くたびれきってわかれました

65-6


消す

鉛筆が愛と書くと
消しゴムがそれを消しました
あとには何にも残らなかった
ところで 消された愛は存在しなかったのかといえば
そうではありません
消された愛だけが 思い出になるのです

357

  『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』 https://twitter.com/pherim/status/1630123535288135681





2. 宇都宮美術館 編 『二つの教会をめぐる石の物語』 宇都宮美術館 下野新聞社


  展覧会告知記事:http://www.kirishin.com/2023/03/01/59103/

 とりま無署名記事が挙がったぞい。↑ でこれは現地取材前に書いた記事なんだけど、その訪問前に送ってもらった図録が本書。いわゆる図録の位置づけなんだけど、中身は自律して充実した大判の教会建築書籍になっていて、宅配物を開けて驚きましたの巻。
 
 がちに読み応えありました。てか「日本教会建築史」みたいなものをこれから論じたいひとには必携の内容になってますね。そこは断言できちゃいます。

 というのもですね。日本の教会建築は、江戸の禁制が解けたのを契機に一斉導入されたため、欧州周辺で二千年かけた様式展開が同時に到来するよく言えば絢爛、悪く言えば雑多な分布を示してる。そこを整理分類しようと思ったら、どうしても属人的、属教派的になってくるのだけど、そこを概観する書籍って本当にびっくりするほど存在しないのです。

  pherim教会建築ぶらり旅連載:
  http://www.kirishin.com/?s=%E6%95%99%E4%BC%9A%E5%BB%BA%E7...


 ゆえ上記連載とかもう書くたびに新文脈・新書籍にあたらざるをえず、労苦が稿料に収まることなんぞ一度もない。あれば中断したままにはなってないんだけど、まぁそういう「不在」を感覚するひとはやはりいらして、そのおひとりが本展示を担当された橋本優子さんでした。いやぁ、話が弾んだ弾んだ。

  カトリック築地教会 http://www.kirishin.com/2017/10/27/9545/
  カトリック神田教会 http://www.kirishin.com/2017/11/16/9857/
  立教学院諸聖徒礼拝堂 http://www.kirishin.com/2018/10/11/19757/

  
 うち本展示テーマの二教会と直に関係するのは上記3件かな。本番記事執筆はこれからなのdeath。うでがなりmath。

 宇都宮美術館学芸課よりご提供の一冊、感謝。


  

3. レイモンド・チャンドラー 『水底の女』  村上春樹訳 早川書房

 『大いなる眠り』“The Big Sleep”1939年に始まるフィリップ・マーロウのシリーズ第4作。原著1943年刊という古さをまったく感じなかった読後感に村上春樹がどの程度関与しているのかなどおもう。というか戦時下とか一切無縁の語り口がアメリカよな。まぁ一切というのはたぶん言い過ぎで、ある種の不穏さとか不気味さ、不在や遠さの感覚に戦争の影を読み込むことはもちろんできるのだろうけど、それを言い出すと朝鮮でもベトナムでも言えてしまうからあまり意味はなさげな。

 比喩とかまんま村上春樹オリジンを感じさせて、でもその近似感覚もこの場合、比喩の発想や中身である以上に文体や言い回し由来の部分は確実に大きくて、その意味ではチャンドラーを素材にした村上春樹の開発品なので、その上に乗っかって巧い下手を云々する時点で掌で踊る状態へ持ち込まれるあたりがやはり大作家の凄み哉。
 



4. 佐藤正午 『岩波文庫的 月の満ち欠け』 岩波文庫

 読みやすく初めから終わりまで面白い、生まれ変わり少女の物語。……なんだけど、装丁やサイズが“岩波文庫的”な岩波書店によるセルフパロディの仕掛けがまず独創的で、伊坂幸太郎の「解説は書けませんごめんなさい、という断りの手紙を解説に採用していいかと担当編集者に聞かれまして」という旨の解説など、作品周縁が異様に面白い。
 
 それで本編なんだけど、淀みなく大きな緩急もなしにずっと“読ませる”感じのさりげなさこそ、きっとこの人の技術なんだろうななど思う。たぶん今回初めて読むのだけど、『鳩の撃退法』とかやたら色んなひとが褒めていたのは覚えているし、この読後感を前提すると『鳩の撃退法』ってタイトルにも新しい予感が育まれ読んでみたさが生じるというものですね。という巧さを感覚する。




5. 平山瑞穂 『エンタメ小説家の失敗学』 光文社新書

 副題は“「売れなければ終わり」の修羅の道”。売れあぐねる作家の苦悩が、ここまで書いて大丈夫かというほど赤裸々に綴られた一著。というのも個人名こそイニシャルで伏されるものの、具体的作品と出版社名が明示された上で編集者とのやり取りの「今思うにあれは失敗だった」という部分を羅列し続けているから。
 
 アマゾンレビューに小谷野敦本人が登場し、「これは売れないよな」と書きつけるのも納得してまう著者の弱音と失敗談の宝庫なのだけど、そこが罠だったらすげー面白いよなとも思う。つまり売れない小説家が光文社新書で出す失敗学体験談という体裁で書かれたひとつの小説なのですという仕掛け。そうであっていけない理由もとくに思い当たらないので、そう考えると話半分にみえてしまうというダブルトラップにも引っかかる。なんにせよ、読者のレビューをめぐりあれこれ弁明とか後悔など述べるくだりは、これを言い訳がましいと読むのはやはり罠で、というか「そこはたしかに問題かもしれないけれど、そのように問題なのではないのでは」と思わせるズレかたが絶妙で、これは素なのか意図的なのか。
 
 


6. 西尾維新 『化物語 上』 講談社

 アニメ版が驚くほど原作に忠実であることがわかるなど。というか、あの饒舌モノローグ主人公ナレ+静止画決めカットの連続は、この独白文体飽和攻撃のテンションをアニメで表現すべく生まれたんだなとわかる、というほうが精確だろう。戦場ヶ原ひたぎと羽川翼のコントラストとか、八九寺真宵のロリかわ切なキャラとか、これほどアニメの造形イメージに全体を支配された読書体験はちょっと過去に記憶がない。まぁそのぶんだけ、先の読み味も予想できてしまうぶんだけ、下巻以降を読む可能性は下がってもいくのだけれど。というあからさまに影響を受けた文体を試みる始末。




7. 『江戸から東京へ-地図にみる都市の歴史』 東洋文庫ミュージアム

 江戸氏の没落、太田道灌の築城、後北条氏の滅亡、徳川城下町の整備、明治東京の肥大化。
 
 大量の江戸/東京地図を次々観る体験。守秘のため中心部がつねに空白、内堀の中のみのっぺりと白いことのみ通底する様に、なんとも言えない感興をそそられるなど。電気灯や浅草の賑わいが、帝都全体の醸したある種の仄暗さとともに生起する光景にも通じるような。あと大火被害図が江戸期から作られ、被害分布が関東大震災や東京大空襲とも概ね重なることから湧く感慨など。

  《江戸から東京へ-地図にみる都市の歴史》展示スレッド:https://twitter.com/pherim/status/1441674671401758724




8. 豊崎由美 『ニッポンの書評』 光文社新書 

 それなりのページ数が割かれている「書評」と「批評」の違いとか、それ自体がドメスティックで非本質的な文脈を引きずる議論にはあまり乗れなくて、けれど英米圏での“書評”の存在感とグレードの高さ、という話は面白く読んだ。どの分野にもあるあるな、現場の当事者があの彼我差を嘆く構図の一バージョンとして。

 まぁでもどういう書評があっても良いし、それを載せる載せないは編集者の裁量なので、北海道新聞だかの書評が気に入らないからと筆者のブログへ遠征してdisコメントを残すというのは少しドン引く。いや万が一批判するにしても、相手は載せた編集部であるべきでは、という気がするのだけど。までもそういう直截性がこのひとの売りなのだという気もするし、どういう書評があってもいいようにどういう人がいてもいい、という水準でダメとは思わない。

 巻末の大澤聡との対談は好企画。こういう縦堀り語りの面白さはさすがよね。




9. 『宇都宮美術館年報 volume 25 令和三年度』 宇都宮美術館 公益財団法人うつのみや文化創造財団

 そもそも公立美術館の出す年報をまじまじと全ページめくる自体がたぶん生涯2度目なのだけど、コロナ禍中も禍中に出された本文書は各所で数字に“数桁たりなさ”を感じて苦境が偲ばれる。偲んでる場合ではないのだろうけど、ここ四半世紀の傾斜にこの三年の急傾斜、この打つ手がどうとやきもきする段階はとうに超えた感を覚えさせる描写こそしかし日本語圏の各分野各地域に溢れているのが実態ではあるのだろう。

 それとはべつに教育普及の項目で、学校への出張活動等わりとこまめに写真を載せてるあたりは良いですね。美術館博物館が観覧料依存とか独立行政法人の枠組みそのものがとち狂っている(謙虚訳:母体がそういうものとしてスタートしていなかったのだからズレまくってる)わけで、そういうものではないことをわかってもらうしかまずはないのよな。でもそこを埋める努力は学芸員の専門分野じゃないんですけどね。だから学芸課のタスクでもあり得ない。現実主義の前にはまったく意味を持たない本来論として。

 宇都宮美術館学芸課よりご提供の一冊、感謝。




10. プラープダー・ユン 『くりかえす歌 使い捨てハミガキ』 福冨渉訳 同人誌

 列車が線路際まで迫るスラムで緊急停車し、ふだんは聞くこともなかった歌声に気づいて声の主を探しスラムの路地へ分け入る主人公娘、「くりかえす歌」。

 兵役にとられた若者の訓練キャンプでいじめられる知恵遅れの大柄青年アンノップと、アンノップを世話しつつも訓練生活への不満が限界を超え脱走を考え始めるムット、「使い捨てハミガキ」。

 伏線回収とかでなく、ラスト数行で謎が倍加する締めかたのもたらす、尾を引く読後感が相通じる2篇。日本なら多くの編集者が修正を迫るポイントだろうなとさえ思わせる尻切れトンボぶり、一切の説明のなさと、わからないよと読者を戸惑わせることにためらいのない感じがしかし味わい深く小気味よい。日本語へ訳出されているプラプダー・ユンの文章はそれなりに読んできたけれど、文体そのものはいつも明晰だし、知性的ではあっても衒学的な素振りのない誠実さを湛えていて、澄明さは描かれる謎の見通しのなさと鮮やかなコントラストをなしている。
 
 この2つの掌篇でラストに添えられる謎の醸す風合いは、彼が監督する映画でしばしば全面化する種のもので、この対照構図が気づいてみるとすこし面白い。映像表現では全編が纏う、セリフで説明されることなど決してないムードが、文学表現においては明示的な強度をもって最後に置かれる。というよりもそれ自体がピリオドとなり、そこへ向けて全編が方向づけられている。(と読み終えて初めてわかる)

 というようなメモと一部重なりつつ、本作をめぐり書評など物してみました。↓ 

 「輪郭」 https://note.com/pherim/n/na3f9c12930eb
  
 こちらよみメモとは違って「読ませる」ことに主眼をおいた書く試み。
 書評自体は原稿仕事でもぽつぽつこなしてきたけれど、小説を扱うのはもしかしたら初めてかも。けっこう楽しかったかも。

 
 

▽コミック・絵本

α. 松本大洋 『ルーブルの猫』 下 小学館

 すごいなや。上巻は正直、フランスでの人気にあやかってる感をかなりつよく持ったのだけど、下巻に入ってガンガン掘りまくる。掘り進みすぎて松本大洋世界の最深度到達記録更新してるかもとさえ。
 
 きちんと主人公の行って還りし成長冒険譚でありつつも、還らない選択の深さと余波をがっつり描いてみせるあたりこそ尋常でなく松本大洋なのでして、ルーブルとレオナルド素材に、しかも単に素材として消費するのでなくしっかり対峙したうえ描き切る。陶酔ですわ。たぶん2度目読んだらさらにのめり込むんだとおもう。
 
 再読な。もったいなくてすぐにはしないと思うけど、楽しみぞな。

 旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。[→ https://amzn.to/317mELV ]




※以下はネットカフェにて一気読み作群。

β. 九井諒子 『ダンジョン飯』 8-10 KADOKAWA

 8巻。奇抜な世界観設定も8巻目になるとだいぶダレてきたなというところに配置された、清純を好む白ユニコーンとは対極の存在“堕落と不義を愛するバイコーン”の章が単発のスマッシュヒット的な面白さ。短篇集で炸裂しまくる九井諒子の独創性が、ダンジョン飯全体の物語性を崩すことなく発揮された良い断章。こういう巧さが光りだすと、今後の楽しみにも添加され全方位素晴らしいの。

 9巻。半獣(猫)半人のイヅツミが、襲ってきたサキュパスの形態(母親+猫科獰猛種)により己のうちに2つの心を感覚する場面、なんか良し。

10巻。西洋ドラゴン各種(ワイバーンとかワイアーム)と東洋龍、八岐の大蛇などが勢揃いする場面アツい。揃うと東洋龍(DB)の“どうやって飛んでるんだ”感が引き立つのは発見。
 


 
γ. 羽海野チカ 『3月のライオン』 14 白泉社

 次女ひなの卒業年の学園祭&ハチクロ男性陣登場巻。後者は遠い記憶しかないため、彼らをしっかり覚えてたら感動もひとしおだったろうな、など思う。将棋道的面白さがお休みしたぶん、幕間の棋士エッセイが常より浮いた感。
 



δ. 終末のワルキューレ オノタケオ 『終末のワルキューレ異聞 呂布奉先飛将伝』 1 コアミックス

 本編読んでない。のでどういう世界構造なのか不明だけど、物語進行は吉川英治三国志を踏襲してる感あり、過剰なキャラ化の面白さだけで読み進められた。呂布や陳宮などメイン&各著名武将ら準メインキャラ群より、華雄とか黄蓋の飛ばしっぷりがウケる感じ。程普はどの作品でも同格よりやや雑魚っぽく描かれるの、なんでかね。





 今回は以上です。こんな面白い本が、そこに関心あるならこの本どうかね、などのお薦めありましたらご教示下さると嬉しいです。よろしくです~m(_ _)m
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#よみめも一覧: https://goo.gl/VTXr8T
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