↑吉備津神社探訪: https://twitter.com/pherim/status/469092821438197765
・メモは十冊ごと
・通読した本のみ扱う
・再読だいじ
※書評とか推薦でなく、バンコク移住後に始めた読書メモ置き場です。雑誌は特集記事通読のみでも扱う場合あり(74より)。部分読みや資料目的など非通読本の引用メモは番外で扱います。青灰字は主に引用部、末尾数字は引用元ページ数、()は(略)の意。
Amazon ウィッシュリスト:https://amzn.to/317mELV
1. 井戸川射子 『遠景』 思潮社
帯の彫刻
目は水を放出、吸収し
周囲は縮んでいった
好きな色も浮いてこない
何の思い通りにもならない体だと
わたしは確かに怒っていた
首に無理をさせる姿勢で
あなたと目を合わせた
まとわりつくので、離した
大仰な音が鳴るので
できるだけ動かないようにした
まだ三角形の眩しい太もも
陽光に照らされる
一過性のものたちが
今日も周りを取り囲む
枕もとの果物が熟れ続ける
桜の幹に樹液が結晶している
誰もが広く存在し、説明も連綿と続く
口が互いに開き合い
迎えにきてくれる人を望んでいる
聡明な馬、正しい矢のように
行きたい場所がある気がする
説明がいる、外にある
必要なので、図鑑はきちんと買ってやった、あなたが指差すページは鳥の骨の、
羽に繋がっていく部分、三角形の枠に樹液のように粘り、糸引く形で何本も白
く固まっている、それごと大きな胸の前に抱え上げながらホームを目指す、電
車に乗るのは初めてだから、わたしから離れてどこへでも走り出そうとした、
何度も引き戻し背や腕の窪みなどを吸い込んだ、賢い息子が、遠くへ行ったら
どうしよう、薄いプラスチックをベラベラやる音が聞こえている、抱き上げ傾
けた腰を突き出し、その骨に引っ掛けるように座らせ椅子にする、若い時は歪
みを気にして、脚を組んで座ったこともなかった、力の入った腕を見やる、こ
の肉もいつか緩んで水のように張りつく、迫る車体は斜めになって、中の乗客
も合わせてそうなる、せっかく運転士が見える席を陣取ったのに、あなたはわ
たしの顔を見ていた、ア、ア、ア、ア、と何かを要求するので、お母さん、分
からないわ、とばかり答えた、母もこうやっていつも赤面していた、この子は
日々の、夜の海の漁り火、小刻みに揺れる模様の絶えない浅い波、図鑑を取り
落としその音が恥ずかしくて、思わず次の駅で降りた、電車の角からは水が滴
る、川の真上に建てられた駅の、腰掛ける場所などない細いホームでうずくま
り、あなたは図鑑を広げる、開いたページはダチョウの胸骨で、生きているの
を見たあのままの、丸みを帯びた半円の輪、でも骨はもっと、燃やせば海辺の
薄い貝になって、軽く鳴るのよ、わたしはひったくって説明を読む、走鳥類は
飛ぶための骨は退化、それらが互いに癒合、胸骨はお椀のような形態、わたし
の心を軽くするようなことは、一つとして書かれておらず、川は水が自動で出
てくるな、仕組みがあるんだろうけど、とでも思って眺めている。
よみめも79 井戸川射子『する、されるユートピア』『ここはとても速い川』『この世の喜びよ』
https://tokinoma.pne.jp/diary/4893
↑「書評」的なものを意識して書きました。
犬たち
死にそうな顔など前にすると
目を逸らし下を向いたまま応対してしまう
わたしの悪いところだ
両目は集中させるとすぐに奥行きを忘れる
赤い涙やけがあなたの顔を覆い尽くす
痩せてにおいも強く大人しくしている
落ちている実を前なら喜んで食べた
わたしの腕を頼りにしていた
散歩の時は共に雨に耐える仲間だった
脚も太く真っ白だった
千切れんばかりに振っていた
躍らせながら歩いた尾も
乾いて薄く体を気にして進む
誇らしげな若い顔とは違ってしまった
変に吠えるようになっちゃって
遠くで冷え続けて歯をむき出しにして
地上の湿りは今あなたのためにあって
ひと撫でで終わる背は折り畳まれて
もう帰ってきてすぐ
ダウンを着たまま抱き上げることもない
2. スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 『戦争は女の顔をしていない』 三浦みどり訳 岩波現代文庫
あなたは作家よ。自分で何か作って書いて頂戴。何か美しいことを。シラミやぬかるみ、ゲロとかそういうことは抜かして......ウオッカや血の臭いは抜きで......現実の恐ろしさとかけ離れたことを。
アンナ・ペトローヴナ・カリャーギナ 軍曹 (衛生指導員)
あなたが何を訊きたいのか分かるけど、私の言葉では足りない......私の言葉では・・ したらいいのか分からない......? 夜中に暗闇で横たわっている時、ふと思 い出すと、息ができなくなる。そういうふうに、私の息を詰まらせるのと同じに、痙攣 で息がつまってくるような、そういう言葉......震えが止まらない。 そう......どこかにあるはずよ......詩人が必要......ダンテのような......
オリガ・ニキーチチュナ・ザベーリナ 軍医(外科)
音楽が聞こえることがある......歌だったり......女の人の声だったり......私が感じていたことがそこにあるの。何か似たものが......
戦争の映画を見ても嘘だし、本を読んでも本当のことじゃない。違う。......違うものになってしまう。自分で話し始めても、やはり、事実ほど恐ろしくないし、あれほど美しくない。戦時中どんなに美しい朝があったかご存知? 戦闘が始まる前......これが見納めかもしれないと思った朝。大地がそれは美しいの、空気 空気も......太陽も......
リュボーフィ・エドゥアルドヴナ・クレソワ 地下活動家
ゲットーでは私たちは鉄条網に囲まれた中に住んでた・・・・・・あれは火曜日だったことまで憶えています。それが火曜日だということがなぜか気にとまった......何月だったか何日だったかも憶えていませんが......でも火曜日だった......たまたま窓に近づくと・・・・・私たちがいた建物の向かいのベンチで、少年と少女がキスをしているんです。私は胸をつかれる思いでした。ユダヤ人を対象にした焼き討ちや銃殺のまっただなかで。この二人はキスをしあっている......胸がいっぱいになりました。この平和な光景に。
()......悲鳴、轟音、銃声......私は何も考え られませんでした......何も....最初の感覚は恐怖です。私が見たのはただ少年と少女が 一瞬立ち上がったとたんに倒れたこと。倒れるのも一緒でした。
それから......一日たち、二日たって......三日が過ぎました...私の中で一つの考えがぐるぐる回っていました。理解したかったんです。家の中でじゃなく、外でキスをしていた。どうして? そういうふうに死にたかったということ......もちろん...... 312-3
少女たちは何も知らず、はした金を準備のため渡されて、チョコ菓子を買ったりして戦場へ赴く。いやそれより前の訓練で、幾つもの棺桶へ彼女たちは入りさえする。ひそかに想う青年の戦死体への口づけを、老婆となった少女が思い出し頬を赤らめる。涙ぐむのではなく。
私は途方にくれてしまった。苦しみ抜いた人間はより自由になる、自分にしか従わないでいいのだから、と以前は思っていた。その人自身の記憶がその人を守ってくれる、と。だが必ずしもそうではないらしい。苦しみを知ったというそのことは決して触れることのない予備として、あるいは多層の鉱石にまじっている金粉のように別個に存在するらしい。 137
想像以上、遥かに。彼女がいなかったら、これら膨大な女たちの声は、誰ひとりの心にもたどり着くことがなかったのか。そうして消えていった、さらに膨大な声たちが見せ得た、この世界の真の広大さを想う。果てしないな。ほんとうに果てしない。
『チェルノブイリの祈り』https://twitter.com/pherim/status/1177803385044488192
『戦争と女の顔』https://twitter.com/pherim/status/1547563782066487296
「我慢してね、声をたててはだめですよ! 我慢して......」と私は声をかけつづけた。中立地帯なので敵が何かに気づけば砲弾の雨を降らすでしょう。赤ちゃんが生まれた声を聞いて一緒にいった兵士たちはささやき声で「万歳!万歳!」と喜びました、前線で赤ちゃんが生まれたんです! 305
3. 千葉雅也 『デッドライン』 新潮社
ウイルスと我々の身体、というような自然の中の「部分」では否定性が働いており、ゆえに時間が進展します。ですが、自然の「全体」すなわち神は、ひたすら肯定的なのであり、永遠の存在なのです。永遠が、時間を包んでいるのだとも言えましょう。
「その永遠自体が、引き裂かれることはありませんか」
と、掠れた男の声がした。徳永先生だった。
ノイマン敏子はそれを無視して言う。
「わたくしが言いたいのは、神よりも時間の方が根本的だということです」
ゲストは眼鏡を外し、目を細めて会場全体を眺めた。
「引き裂く、というのがわかりません」
そうか、と僕は思った。時間が引き裂くんだ。 49
概念を純粋に、中途半端にではなく純粋な意味で捉えることが大事で、哲学とはそういうことなんだ。「純粋」ってのは、「極端に」ってことだと思えばいい。哲学とは、要するに極論な んだ―まずそう言い切ることにした。
「だから、偶然というのは、極論で言って、まったく何の理由も意味もないのだということになる」
「極論か、なるほどな。
俺は、徹底的ってのに興味があるんだ」
純平は何かをえぐり取ろうとするような眼差しで言う。将棋なら羽生さん。なるほど、それは知ってる。そして次に誰かダンサーの名前が出たが、わからない。
「すげえダンサーはいつでもダンスしてるんだ。徹底的なんだよ。ダンスじゃないときがない。ちょっとトイレに行くのだってダンスなんだ」
そりゃすごいね、と言って僕は席を立ち、キッチンでグラスに氷を入れて持ってきた。いま僕が歩いたのはぜんぜんダンスじゃないか、いや、ちょっとはそうだったのかもな、などと頭の中で独り言を言っていた。 90
『千のプラトー』によれば、人間/動物という対立は、マジョリティ/マイノリティという対立を含意している。人間とは、支配的なマジョリティである。西洋の言語では、しばしば人間を表す単語は「男性」も意味する。人間の支配から逃れて動物になる。それがひとつ。そしてまた、男性の支配から逃れる「女性への生成変化」がある。それがもうひとつ。人間=男性に対するマイノリティとしての、動物と女性。
「ドゥルーズは、生成変化を言祝いだわけです」
と、徳永先生は言った。
この「言祝ぐ」という言い方が僕に感染する。何かを「肯定する」、「推奨する」ということだが、哲学書に対してその表現を使うならば、その哲学には明確に「価値の傾き」があると認めることになる。荘子なりドゥルーズなりは、最終的にどう生きるのを良しとしたのか。という実践の問いが、その表現の中にはある。
どう生きるか。という素朴な問いがのしかかる。それまでの僕に生き方の悩みがなかったわけではない。大学に入って一人暮らしを始め、実際に同性愛を生きるようになって、不安を感じるときに現代思想は助けになってくれた。世の中の「道徳」とは結局はマジョリティの価値観であり、マジョリティの支配を維持するための装置である。マイノリティは道徳に抵抗する存在だ。抵抗してよいのだ、いや、すべきなのだ。そういう励ましが、フランス現代思想のそとかしてから聞こえてきたのだった。
だがその励ましは、男が好きだという欲望に対する外からの弁護みたいなものであって、僕は僕自身のありようを掘り下げて考えていたわけではなかった。
僕は何を「言祝ぐ」のか。僕自身の欲望を内側からよく見なければならないのだ。 107
4. 年森瑛 『N/A』 文藝春秋
彼氏になった子は、まどかが仲のいい男の友だちと話すと明確に嫉妬を見せるようになった。友だちの上に恋人、その上に家族、という三角形があり、まどかと他の友だちの仲の良さのゲージが貯まると恋人の座を奪われると思っていたようで、 彼が燃やした嫉妬心でまどかの産毛は焦げた。
まどかの想像するかけがえのない他人は、重要度のヒエラルキーの中にはいない 特別枠だから、独占する必要も、嫉妬する必要もなかった。一階席の順番がどう推移しようと、二階にある特等席が消えることはないのだ。何者にも代えがたい、すごくやさしくしたいと思える人なのだから。
毎日のようにいつでもどこでもやり取りをするのが付き合う上での義務になった途端に、彼氏になった子と話すのが億劫になった。かけがえのない他人なら、たとえ会わなくとも、しばらく話さなくとも、お互いへの感情が減っていかないはずだった。握られた手が湿っていて気持ちが悪かった。
これからはあの絵本の二人組みたいに、もっと仲良くなってどこにでも行けて何にでもなれるかもしれないんだ、と胸を弾ませて始まった交際は、桜が芽吹くころに始まって、濁った水たまりに花びらが沈むのと同時に終わった。 26-7
帰り道に「私と付き合ったら絶対に面白いから付き合わない?」と言われて、この人、最初からこのつもりだったんだ、と初めて気付いた。そういえば話す途中に顔のパーツがあちこちに分裂したり、かと思いきや急に中心に集まって、目の中で温泉卵の臭いが発酵し出すところは、見覚えがある、恋をしている人の様子だった。
相変わらずまどかが憧れているのはかけがえのない他人であって、うみちゃんが望んでいる恋人関係には惹かれるものがなかった。
ただ、がまくんとかえるくんや、ぐりとぐらのような、お互いの中だけにある文脈を育んだ、二人だけの唯一の時間が流れる関係性を人間の世界で得るのは難しいということも、年を重ねるにつれて理解しつつあった。別々の場所で暮らしながらも、一緒にごはんを食べたり、どこかに遊びに行ったり、見返りもなくやさしくしたり、それだけのことを続けるのには、人間なら恋愛感情が付随していないといけないようだと察していた。
絵本の二人組は動物のオス同士だったので、人間のメスであるまどかが動物たちのようになるのは、なおさらに困難なのかもしれなかった。 28-9
「話す途中に顔のパーツがあちこちに分裂したり、かと思いきや急に中心に集まって、目の中で温泉卵の臭いが発酵し出す」
この表現が伝わってしまう、ヤバいね。
そして発酵する卵の臭い、へのオブセッション。
どれほどスクロールしても『いいね』が一つもない投稿を見つけるのが難しいくらいだった。クラスメイトの社交辞令と違って、恐らくこのハートの送り主たちは 本当にうみちゃんに心を配っていた。この人たちみんなが、うみちゃんと、パートナーさんを、真剣に、応援して。それは、まどかのことを応援しているのとは違った。うみちゃんとパートナーさんが虹色の囲いの中にいるから、二人を応援しているのだ。
顎の裏にこびりついていたゆでたまごの黄身が急に腐ったように感じた。
「あたしは偏見とかなくて、違う、間違えた、最初から間違ってるんよね。今日と こで話したのは無かったことにしたいって思うならそうする、本当にただ心配にな っただけで、現在進行形でも間違ったことを言って傷付けているならそれも謝りた くて、」
沈黙を埋め尽くす勢いで翼沙は喋り続けていた。店内は相変わらず音で溢れていて、このテーブルだけで急速に終末時計の針が大回転しているなど誰も思いもしなかった。 60
『せめて会って話そうよこういう大切なことは一方的に書いて終わらすべきじゃないし普通はそうだよ』
そこからは濁流だった。
『会ってほしい』『会って話したら分かることもあるし』『今日は混乱してるなら違う日に落ち着いて直接話したほうがいいかも』『人と人って会わないと本当のコミュニケーションが取れないと思う』『最低限の礼儀だよ』『高校生だとまだ分からないかもしれないけどこういうところで人間性が出てしまうから気を付けた方がいいよ』 流れは止まなかった。まどかからうみちゃんに渡せる言葉は、もうそばになかった。ブロックという機能は言葉を失った人にやさしかった。
二日後の朝に翼沙からスクショが送られてきた。Seaのツイートだ。
『パートナーが身バレしたようなので鍵かけます。今までの写真も消します。嬉しい言葉を贈ってくれたフォロワーさんには申し訳ないです。もしかしたらこれが原因で別れるかもしれません。 74
この怒涛の攻勢、に切られたほうはエネルギーを注ぎ込むしかなくなる感じと、だからこそ遮断以外の選択肢がなくなる感じ。「写真も消します」のポーズ感とか。リアルすぎてのけぞりますね。
何も分からない。 何を聞いていいのか分からない。
いいことを言わなくては。オジロのための言葉を。オジロにとって重要な友だちだから打ち明けてもらえたのであって、誰にでも言える言葉を言っては駄目だ、何か、含蓄のあること。オジロは『家族が病に臥せっている人』にはなりたくないはずだ。だからオジロのためだけの、まどかからの言葉を探す必要があった。
座る体勢を変えると、ナプキンと肌の間で血のかたまりが潰されて伸びる感覚があった。メモアプリを開いて、思いついた言葉を入力する。
『大丈夫?』 大丈夫なわけがない。
『つらいね』 そんなの当たり前だ。
『頑張って』 頑張るのは医療関係者とオジロのじいちゃんだ。
『きっと良くなるよ』 根拠がない励ましをしても気休めにもならない。
『無事を祈っているね』 祈って何かを成し遂げたつもりで安心するのはまどかだけだ。
どこかで聞いたことのある定型文のような言葉ばかりだった。全て 『家族が病に臥せっている人』に向けた言葉で、オジロのためだけに生まれた言葉はどこにもなかった。文字を画面に打ち込むたびに自己検閲で消していく。
浮かんでは消える定型文は、状況を後退させずには済むけれど、それ以上前進させることもないように思えた。『おはよう』に『おはよう』と返すように、定型文ができるのは保守だけで、何の革命も起こせない。状況を変えられない。変えなくてはいけないのに。
親指がまったく動かなかった。
自分の言葉で人の心を揺らしてしまうのが怖くて、自分の言葉の責任を担保してくれる何かが欲しくて、他人のお墨付きの言葉を借りたくて仕方がなかった。多くの人に使われてきた言葉を使用すれば、まどかがオジロとの今後の関係を安全に保っていられることは間違いなかった。
『友だち 家族 コロナ 言葉』で検索しようとして、スマホを放り投げた。 102-3
5. 尾崎紅葉 『名著複刻日本児童文学館 第1集[1] 鬼桃太郎』 ほるぷ出版
桃太郎一派への怨嗟うずまく征伐後の鬼ヶ島へ、なんと桃が流れてくる。中から出てきた青鬼は苦桃太郎と名づけられ、毒龍、大狒、狼を連れ桃太郎退治へ向かう。ヤバおもしろかっこええ。が出版当時まったくウケなかったらしい。
閉架図書を借りてみたら古式本の復刻版で、ちょっと色々楽しかったし絵も良かった。
終わりかたがまんまイカロスの失墜なんだけど、どういう経路で知ったんだろう。ただの偶然じゃないと思うけど。
6. 倉持よつば 『桃太郎は盗人なのか? 「桃太郎」から考える鬼の正体』 新日本出版社
小学校の自由研究が凄すぎて本になっちゃったという。はじめはどこにでもいる小学生の目線の高さと視野の狭さから発した素朴な疑問がずんずん拡大、それに合わせ知の扉が次々開いていく流れはそれ自体がロールプレイングゲームのようで読み応えある。
7. 倉持よつば 『桃太郎は嫁探しに行ったのか?』 新日本出版社
上記続編。上記本は「鬼は本当に悪なのか」という誰もが一度はもつ疑問が主調となるが、こちらは嫁探しつまり囚われの姫を救出する桃太郎異譚の渉猟へと主眼が移る。著者本人が中学生となり、ほんのり社会批判的視座をもつのがよい。また2022年5月刊と新しく、(その時点で)中学の丸2年をコロナ禍で狂わされた恨みもそこかしこに籠もり、とりわけ著者自身が田舎の同調圧力により祖母の最期を看取りにいけなかったくだりの“空気”批判は鋭く、これたぶん大人になってもしこりを残す何かだろうなと。
高校生編も期待したいけど、あり得るとして桃太郎ではもうないやね。
8.
斉藤洋 『サブキャラたちの日本昔話 浦島太郎・桃太郎・金太郎』 偕成社
浦島のカメ、桃太郎のイヌ、金太郎のクマが主人公の一人称語りとなる童話調二次創作。
着眼点は面白いのに、語りがどうにもたるく迂遠な説明口調にも乗り切れない。
著者独自の設定が自縄自縛を生み各話のテンポを損ねている感。
9. 神田桂一 菊池良 『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』 宝島社
私に湯切りをする資格があるのでしょうか。きっと、あるのです。あるはずなのです。
「許してくれ」
そう呟きながら、私はお湯を捨てました。 (「焼きそば失格」)13
文体憑依で笑わせるやつ。村上春樹のは昔バズってたネタそのものかな。たぶんそこから派生した本なのだろう。作例は大量ながら、快作は明らかに序盤に集中していて、あとは予想外に退屈。まぁ元ネタを知らないものも多かった。
村上龍x坂本龍一対談の語彙をカップ焼きそばへ置換したものが一番面白かったかも。時代性もよく出ていた。
10. 雨穴 『変な家』 飛鳥新社
以前ツイッターTLに降ってきた「よくみると怖い間取り図」みたいな投稿の元ネタが書籍化されたもので、大ベストセラーらしく地元図書館などでも長大なウェイティングリストが醸成されていて、数ヶ月前に末尾に並んでおいたのが忘れた頃に通知きた。
勝手に「実在のヤバい間取り図集」みたいなものを想像してしまってたので、著者の創作集だったのがまず残念、そして監禁部屋の怪しさ描写までは良いのだけど、殺人部屋に仕立てるための、死体処理をめぐる想像にちょっとミステリー作家の精巧さが欠けすぎて、アラばかり目につき乗れなかった。後半の別の話も概ね似た印象。までもこういうニッチジャンルの紙の本が50万部突破というのは素敵なことだし、手にとれて良かった。
▽非通読本
0. 『韓国文学ガイドブック』 ele-king books
「父」に捨てられた者。「子ども」を見失った者。 「夫」に先立たれた者。 本書のなかでキム・エランは実にさまざまな形で「喪失」を濃やかに描くが、直接的に浮かび上がるのは失われたものの中身ではない。あくまで彼女の言葉が象っていくのは、「」の外側にある情景との時差や、そこから生まれる温度差のありようのほうなのだ。 (倉本さおり) 61-2
▽コミック・絵本
α. 松本大洋 『東京ヒゴロ』 1 小学館
担当した雑誌が廃刊となった責任をとり会社を辞するアラフィフ男。売るために読者への媚びを身につけ気力をなくした男。話す鳥、見つめる鳥。描きたいものだけ描くことに決め、売れなくなった女。自らの作品が読まれないことを、世間と編集者のせいだと思うことで今をしのぐ男。ローマ皇帝の咆哮を描き生きることが、煩雑でありふれた家庭生活を生きることと重なる女。
満を持して、だよな。浅野いにお『零落』とも異なる。どうしようもなく本物の。
旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。
[→ https://amzn.to/317mELV ]
β. 高岡昌江著 宮野耕治画 『ジンベエザメのはこびかた』 ほるぷ出版
高知沖で網にかかったジンベエさんが、海遊館へ運ばれるまで。トラックの幅狭カーゴでは酸素供給が足りないため、海水トラックを2台連れた大名行列で大阪まで移動するくだりと、海遊館での最上階クレーン経由での主水槽格納の模様が新鮮。
うんこをすると水が汚れるので3日前からエサを与えない、とかサラッと書く日本語の壁感も微笑ましい。
γ. 影山徹 『空からのぞいた桃太郎』 岩崎書店
絵が全編俯瞰視点で絵巻式に右から左へ移動しつづける桃太郎絵本。3次元俯瞰で進行する絵の移り変わりに力点があるため、桃太郎は理由もなく突然鬼退治へ出発するし、キジや猿や犬はおろか爺婆ふくめ登場人物一切の感情も描かれない。鬼はまたたく間に退治されスッキリ終わる。スッキリ。
(▼以下はネカフェ/レンタル一気読みから)
δ. 岩明均 『ヒストリエ』 7 講談社
予想もしてなかったビサンティオン攻囲戦描写はじまる。これは良い漫画です観瀑上げでござる。
イスラム化どころかキリスト教化する以前のポリス期イスタンブル旧市街を岩明均画で。どういうご馳走ですかと。
ε. 諫山創 『進撃の巨人』 33 集英社
壮大っちゃ壮大な大海嘯編。ハンジさんの最期はなく。キャラ使い切り感のあざとさスゴいなと感じつつもなかされてまうなやっぱり。なんだろう、でもこの死に様そのものに、『進撃の巨人』序盤からずっと感じてきた違和感が凝縮されてる気はとてもする。何度も書いたから繰り返さないけど。
今回は以上です。こんな面白い本が、そこに関心あるならこの本どうかね、などのお薦めありましたらご教示下さると嬉しいです。よろしくです~
m(_ _)m
Amazon ウィッシュリスト: https://www.amazon.co.jp/gp/registry/wishlist/3J30O9O6RNE...
#よみめも一覧: https://goo.gl/VTXr8T