オタール・イオセリアーニが、亡くなってしまった。
岩波ホールでのインタビュー時には、ワインを呑みだし快活そのものでした。享年89。90代も余裕で撮り続けそうな鋭さと気迫を感じたものです。岩波含め、鍛えられたのは感謝しかなく。
Otar Iosseliani, 1934-2023 R.I.P.
今回は、《オタール・イオセリアーニ映画祭 ~ジョージア、そしてパリ~》上映作から、11作品+αを扱います。(含短編6/再掲2作)
拙稿「イオセリアーニの燃ゆる詩性」
http://www.kirishin.com/2023/02/19/58876/
『四月』ほか全ロシア映画大学在籍時の秀作群、タルコフスキーのイオセリアーニ観と『落葉』『田園詩』、パリ期の母国ジョージアへの眼差し、無宗教と悪魔の逆質問、など。
イオセリアーニへのインタビュー by pherim 2016年記事
http://www.kirishin.com/2016/12/25/38739/
タイ移住後に始めた、劇場/試写室で観た映画をめぐるツイート
[https://twitter.com/pherim]まとめの第288弾です。
強烈オススメは緑、
超絶オススメは青で太字強調しています。
(2020年春よりドラマ含むネット配信作扱い開始。黒太字≠No Good。エッジの利いた作品や極私的ベストはしばしばタイトル黒太字表記です。)
■《オタール・イオセリアーニ映画祭 ~ジョージア、そしてパリ~》
https://www.bitters.co.jp/iosseliani2023/
『唯一、ゲオルギア』“Seule, Georgie” 1994
冷戦終結に希望を見たのも束の間、内戦の泥沼へ陥る母国ジョージアを慈しみ憂うイオセリアーニ4時間大作。
聖ゲオルギオスの護る地を古代に遡る第1部、ソ連期第2部からその崩壊描く終章へ。熱く沈着に語るシェヴァルドナゼの、熾火のような瞳に撃たれる。
"Seule, Georgie" https://twitter.com/pherim/status/1626729223644909570
オタール・イオセリアーニ『唯一、ゲオルギア』でひときわ印象深いのが、第3部の主要な語り手であるジョージア第2代大統領エドゥアルド・シェヴァルドナゼ。
ソ連末期ゴルバチョフ政権時シュワルナゼ外相として知られた彼のロシアとの妥協も辞さず復興の端緒を開く道行きはジョージア史の複雑さを真に象徴する。
『水彩画』“Akvarel”1958
金を持ち出したダメ夫と追う妻は、美術館へ迷い込みある絵の前に立つ。
日常の騒擾から、絵の中の家へ夫妻の心がスッと入る描写の秀逸。
イオセリアーニ全ソ国立映画大学在籍時の点で2歳上タルコフスキー作↓も想起され、彼らの超水準に眩暈する。
"Akvarel" https://twitter.com/pherim/status/1630711839951814656
タルコフスキー『殺し屋』https://twitter.com/pherim/status/1122039482939629568
『珍しい花の歌』“საპოვნელა”1959
めっちゃ、花。
丘陵地の森に暮らす造園家翁の暮らしを撮る、イオセリアーニ大学在籍中作品。
カラーフィルムが激高値だった時代にフィルム会社の宣伝かというほど花の鮮烈な色味で引っ張りまくる。終盤に工業社会化批判孕み、検閲で露語ナレ強制付加の反骨作。
"საპოვნელა" "Sapovnela" "Song About a Flower" https://twitter.com/pherim/status/1634166430836084744
『四月』“აპრილი”1961
若い2人の沸騰する情熱、希望。
Y字路で別れない彼らの選択。
丘の大樹は伐られ、新興団地に木製の家具が増える。軽やかさは重さへ転じる。物に溢れ掃除も追いつかず、心は陰りゆく。
郷愁と愛惜。かつての2人が幻のように現れ、路地へ遊ぶ。イオセリアーニ27歳作、神感しか。
"აპრილი" https://twitter.com/pherim/status/1636613247204986882
『鋳鉄』თუჯ1964
工業町ルスタヴィの冶金工場で働く男たち。
卒制“四月”上映を禁じられ映画から離れたイオセリアーニの、漁夫や工夫となった数年に及ぶ遍歴の賜物。ジガヴェルトフよりも“鉱”↓に近しい人間味。
始業ベルから終業後の着替えまでを撮る律儀さが微笑ましい。
"თუჯ" https://twitter.com/pherim/status/1638074173477224448
『鉱 ARAGANE』https://twitter.com/pherim/status/919382678687772672
イオセリアーニ『鋳鉄』からの連想作品追記。
ジガ・ヴェルトフ “ドンバス交響楽” 1930 https://twitter.com/pherim/status/1544227191004995584
DB交響楽含む拙記事: http://kirishin.com/2022/07/06/55065/
“陽の当たる町”City of the Sun 2017↓
https://twitter.com/pherim/status/878035710124609536
陽の~監督Rati Oneliの脚本参加作“Beginning”2020が良いらしい。
炭鉱町映画傑作『ダムネーション 天罰』“Kárhozat”1988 https://twitter.com/pherim/status/1485812854930685953
『落葉』“გიორგობისთვე”1966
若いワイン技師青年の孤立と恋。
ノルマ優先の上層部へ背き未成熟ワインの出荷を拒む展開ゆえか、ソ連国内で上映禁止。1968年カンヌ出品でイオセリアーニの名が世界に知られた記念碑作。
地中の甕で醸すクヴェヴリ(ジョージア特産)も登場するよ。
"გიორგობისთვე" "Giorgobistve" https://twitter.com/pherim/status/1642385378719170560
『ジョージア、ワインが生まれたところ』https://twitter.com/pherim/status/1186190554951872512
『落葉』は、物語とは無縁に挟まれる“働くおっちゃんたち”のカットが心くすぐる。
(画像→)
https://twitter.com/pherim/status/1644131926226374656
ジョージア時代のオタール・イオセリアーニ作品群に映り込むこれら愛郷心の深さこそ、根本的にソ連体制との折り合いがつかなかったんだなと。
かわゆす爺婆の奔流に『百年の夢』も想起され。
『百年の夢』https://twitter.com/pherim/status/1598952118597341184
『ジョージアの古い歌』“ძველი ქართული სიმღერა”1968
ジョージア各地方の日常と民謡。村人たちの暮らしと不可分のものとして映し撮られる多声性と、学生期作品『珍しい花の歌』から亡命前最後の作『田園詩』へと連なるイオセリアーニの記録への意志。
空へ跳ねる歌声に『聖なる泉の少女』を想起。
"ძველი ქართული სიმღერა" "Dzveli qartuli simgera" "Georgian Ancient Songs" https://twitter.com/pherim/status/1645221108931764224
『聖なる泉の少女』https://twitter.com/pherim/status/1164007544169230336
拙稿「水の輪郭、少女の夢」http://www.kirishin.com/2019/09/01/28268/
『田園詩』“პასტორალი”1975
弦楽四重奏団の若者がトビリシから農村へやって来る。高踏的な彼らの訪問に湧く子供達、都会へ憧れる娘の眼差し。
村人らの労働する日常。コルホーズ(集団農場)と押し寄せる機械化の影。自宅を向く隣家の新築窓が喧嘩の種になるなど、のどかさに隠れた諷刺が逐一鋭い。
"პასტორალი" "Pastorale" https://twitter.com/pherim/status/1651065518739292160
『月の寵児たち』1984
絵描きと娼婦、泥棒と警官、美容師とテロを企む音楽教師、銃砲店主と暗殺者。
ソ連下の母国ジョージアで上映禁止が続いたオタール・イオセリアーニの亡命後初監督作。活気と不穏さに充ちたパリの群像描写が体制抑圧の不毛を皮肉る。
くり返される割れた皿のカットは象徴的。
"Les favoris de la lune" https://twitter.com/pherim/status/1624738678303256576
ちな『月の寵児たち』は、マチュー・アマルリック(57)の映画初出演作。少年顔が初々しい18歳!
自身の監督作『彼女のいない部屋』封切りの昨年秋は、日本各所で目撃ツイが投稿されてましたね。
デビュー作の国内劇場初公開にマチュー「なんと幸運」↓
https://news.yahoo.co.jp/articles/21c8e82bfa138307f526c42...
『彼女のいない部屋』https://twitter.com/pherim/status/1561322714572652546
『トスカーナの小さな修道院』1988
全編公開中:
https://www.cinematheque.fr/henri/film/73985-un-petit-mon...
※これこそきちんと観たい一作のまま、先延ばしにしているうちまさか監督が逝ってしまうとは。
"Un petit monastère en Toscane" "A Little Monastery in Tuscany"
『そして光ありき』1989
セネガル・ディオラ族。怠ける夫に呆れた母は若い夫を娶り、斬首された男を女祈祷師が蘇らせる傍らで、白人資本の伐採が進む。奔放な生と不可逆の壊音。なるほど無抵抗に喪われるものだなと。イオセリアーニ特集@アテネフランセ。
"Et la lumière fut" https://twitter.com/pherim/status/807852026688196609
『汽車はふたたび故郷へ』“Chantrapas”2010
※DVD買ってあるのに未見という始末。
"Chantrapas"
『皆さま、ごきげんよう』2015
イオセリアーニのパリへの視線はユーモラスで批評的、生活の細部へ目配りを怠らず、存在の滑稽さにこそ霊性の息吹を覗かせる緩急の平衡感覚。グルジア内戦下、民家略奪前の洗礼により国家に仕える正教会の今を暗喩する凄味。
"Chant d'hiver" "Winter Song" https://twitter.com/pherim/status/808105174724005888
映画『皆さま、ごきげんよう』は、現代のパリを主な舞台とする。だが映画冒頭はフランス革命時のパリであり、暗転後にはグルジア内戦の戦闘場面へと移る。同じ役者の組み合わせを異なる時代、異なる場所に度々登場させることで、時と場を違えど変わることなき人間の営みを多声的かつ調和的に描き出す。
沼野充義+筒井武文+金子遊『皆さま、ごきげんよう』記念シンポ。グルジア出身イオセリアーニ視点では、ソ連の検閲環境には西側資本論理による編集不要の自由もあったと。たしかにタルコフスキー時間やパラジャーノフ空間は西欧文脈から生じ得ない感。
余談。
シネマテーク・フランセーズ配信サイト《Henri》にて、ここで扱った短編の幾つかが公開中。↓
https://www.cinematheque.fr/henri/#otar-iosseliani
未ツイ作、未見作も追って補完してゆきたく。
経験皆無の新人で現場投入され、赤旗&週刊金曜日のベテラン記者さんに挟まれた3社合同取材で、話が長いことでも知られる無宗教者の世界的巨匠イオセリアーニからキリスト教をめぐり詰められた、震える思い出も今は宝。
イオセリアーニへのインタビュー by pherim 2016年記事
http://www.kirishin.com/2016/12/25/38739/
あの対面した時間は、あとからふり返れば一生物となりました。
ご冥福をお祈りします。
おしまい。
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