南方熊楠展@国立科学博物館
・メモは10冊ごと、通読した本のみ扱う。
・くだらないと切り捨ててきた本こそ用心。
1. スベトラーナ・アレクシエービッチ 『チェルノブイリの祈り 未来の物語』 松本妙子訳 岩波現代文庫
なにかが起きた。でも私たちはそのことを考える方法も、よく似たできごとも、体験も持たない。私たちの視力も聴力もそれについていけない、私たちの語彙ですら役に立たない。私たちの内なる器官すべて、それは見たり聞いたり触れたりするようにできている。そのどれも不可能。なにかを理解するためには、人は自分自身の枠から出なくてはなりません。
感覚の新しい歴史がはじまったのです。
(略)
この人々は最初に体験したのです。私たちがうすうす気づきはじめたばかりのことを。みんなにとってまだまだ謎であることを。 31-3
モギリョフに移住して息子は学校に入りましたが、一日目に泣きながらとんで帰ってきました。息子はある女の子の隣りになったのですが、その子がいやがったのです。(略)同級生はみな息子をこわがり、〈ほたる〉とあだ名をつけたのです。 169
兵士がネコを追いかけたのを覚えているんだ。ネコのうえで線量計が動いていた。機関銃のように、ガリガリ、ガリガリと。ネコのあとを男の子と女の子が走っていた。この子たちのネコなんだ。男の子は黙っていたけど、女の子はさけんでいた。「わたすもんですか!」。走りながら、さけんでいた。「ネコちゃん、早く、逃げて、逃げて!」。兵士は大きなビニール袋を持っていた。 260
旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。
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2. ロバート・ヘンライ 『アート・スピリット』 野中邦子訳 国書刊行会
そこには、完成された天性の才を見ることができる。色彩は形体によって利を得る。形体は色彩によって利を得る。日本の版画は均衡が保たれている。自足しているように見える。けっして慌てはしない。だが、できるだけ早く、みずからあるべき状態になりたいと欲する。 201
座右の書となることは十年前からわかっていて、かつ読まずに置きつづけた本。そろそろ良いだろう、ということで。つまりは無明とか、呑まれない程度に衰えたか、やうやう覚悟の据わったか。
偉大な人間はめったにいない。というのも、たいていの人は頭ごなしに命令する人のいうことを気にしすぎるからだ。(略)
自分の道を行くのは楽なことではない。受けた教育のせいで、われわれはつねに道から逸れがちになる。だが、この闘いには価値があり、ついに成功をかちえたときには喜びがある。結局のところ、目的は芸術を作りだすことではない。人生を生きることが目的なのだ。人生を十分に生きた人びとがあとに遺したものがあるとすれば、それが本物の芸術である。(略)
人生は浪費されている。人類は、本来得るはずの半分の楽しみも味わえず、作れるはずの美しいものを生みださず、一人ひとりは、ありえたはずの朗報を他者にもたらさない。 222-3
3. ウォルト・ホイットマン 『ホイットマン詩集』 木島始 訳編 思潮社
And whence and why come you?
We know not whence, (was the answer,)
We only know that we drift here with the rest,
That we linger'd and lagg'd―but were wafted at last, and are now here,
To make the passing shower's concluding drops.
去らば「ホイットマン」の平等主義は如何にしてその詩中に出現するかといふに第一彼の詩は時間的に平等なり次に空間的に平等なり人間を視ること平等に山河禽獣を遇すること平等なり平等の二字全巻をおおうて遺す所なし
(夏目漱石「文壇に於ける平等主義の代表者『ウォルト、ホイットマン』Walt Whitman の詩について」 80)
アメリカ流、の魂源。
Some are baffled, but that one is not―that one knows me.
Ah lover and perfect equal,
I meant that you should discover me so by faint indirections,
And I when I meet you mean to discover you by the like in you.
4. ガッサーン・カナファーニー 『ハイファに戻って/太陽の男たち』 黒田寿郎 奴田原睦明 訳 河出文庫
急にサイードは綿密に前もって用意された芝居を見ているような、奇妙な気持に襲われた。彼はつまらない緊張の場面をふんだんに盛った安っぽい映画に見られる、ドラマチックに作りあげられた場面を想い出した。
青年はミリアムの方へ進み出た。そしてはっきり聞きとれる声できっぱり言った。
「この方達はなぜ来たのですか。まさか私をとり返したいと言うのではないでしょうね」 244-5
ガッサーン・カナファーニーをめぐる連ツイ:
https://twitter.com/pherim/status/919148800605765633
あなたは御存知ですか? パレスチナ人は皆、何らかの代価を支払っているように私にはみえます。自分の息子を犠牲にした多くの人を私は知っています。そして私は今日、自分もまた奇妙な形で息子を犠牲にした一人だということがわかりました。私は支払いました。それは私に対する最初の割当てです。これは説明し難いことですけれど 259
「争乱のもと生き別れになり、イスラエル領内でユダヤ人として育ったわが子と対面するパレスチナの父親。」
http://tokinoma.pne.jp/diary/2538
5. ユベール・マンガレリ 『おわりの雪』 田久保麻理 訳 白水社
犬の声は実際に聞こえていた。でも、父さんは夢うつつだったので、その遠吠えは長くて固い物体になった。こいつをぶったぎったら、どれくらいの長さの木材になるだろう、父さんは夢のなかでそう考えた。
「おまえ、想像できるか? 犬の遠吠えをぶったぎったら、どれくらいの長さの木材になるかって」
父さんは自分でもあきれたようにいった。
ううん、まるきり想像がつかないよ。そういいながら、ぼくは思いだしていた。父さんが鉄道会社で働いていたとき、かぞえきれないくらいの枕木を線路に設置したことを。 26-7
ベッドに横になった。水滴のしたたりおちる音がした。目をつむった。するとそのとき、目をつむることと水滴の音とのあいだに密接な関係のようなものが生まれて、ぼくの気持ちをしずめてくれた。ぼくはしばらくのあいだ、しずかな気持ちでいられた。ズボンから水気がなくなってしまうまでは。 106
ぼくは立ちあがり、長靴をぬいだ。靴みがきの道具をとってきて、ベッドに腰かけた。
そして、ぼくは長靴をみがいた。
ぴかぴかになると、ベッドの下におき、その長靴をじっと見つめた。まるでそこにすごい高級品の長靴があるみたいに。そのときぼくは、まあたらしい長靴を見つめるひとに似ていた。 152
6. 松沢哲郎 『想像するちから チンパンジーが教えてくれた人間の心』 岩波書店
名著。難解な表現は一切なく、極めて専門性の高い研究の最前線を切り取ってかつ人間の根源への問いに迫る。チンパンジーの「人間」性に驚かされつつ、「想像力」の画域を再考させる筆致が素晴らしい。《いま、ここの世界》に生きられない人間はたやすく絶望し、それがゆえに希望を抱けるというこの自由の在りようと、それは決して普遍ではなく様々な自由の一形態でしかないということを、実体的に感覚させてくれる「彼ら」があることのありがたさ。
7. 田淵諭 『教会堂建築 構想から献堂まで』 新教出版社
現代日本社会において、キリスト教会堂を新たに建てるとはどのようなことなのか、その理念から設計、実践へ至る実務面の解説に優れた好著。主にプロテスタント教会に重点を置いた構成で、教会員、聖職者、建設業者など関わるいずれの立場からも参考になるよう書かれており、どの立場でもない自分にも大変に興味深く読めた。あと全く期待していなかった教会建築の歴史を概説する序盤部が、各章とも短いながら素晴らしい要約ぶりで読ませるものあり。
キリスト新聞社よりご提供の一冊、感謝。
8. 鍋谷憲一 『ゴメンナサイ ありがとう』 日本基督教団根津教会
先月1月3日逝去された根津教会専任牧師による説教集。2017年12月25日発刊。
「牧師の仕事って、毎週違った話を考えなければというのは大変ですねぇ」と感心されることがある。だがそれは間違いだ。「大変な仕事をやっている」などと感じたら、説教なんかできるものではない。常に神さま自身の喜びに対して奉仕することができる喜びに包まれなければ、説教準備も礼拝で語ることもできるものではない。 64-5
根津教会をめぐる直近日記「大正の古趣と洋の異彩」:
http://tokinoma.pne.jp/diary/2692
ということは「敵」イコール「罪」は「我が内に在る」というのが正しいことになってしまうのだろうか。……その通りなのだ。皆さんはキリスト者であろうとなかろうと、つまり洗礼を受けた者であろうと未だ受けていない者であろうと、全て「罪人」であるのだから、皆さんの「敵」とは「皆さん自身」のことなのだ。
でも、それでは、「汝の敵を愛せよ」とは「汝自身を愛せよ」になってしまい、今日のテキスト全体の趣旨とはかけ離れてしまうように思えてくる。 30
私が夏期伝で行ったのは浜松市内にある遠州教会というところでした(略)、牧師がこんなことを言ったのを覚えています。「鍋谷君、教会建築に携われる牧師は幸せだよ。建築を完成させると何よりもまず教会の一体感が強まるからね。」 158
キリスト新聞社よりご提供の一冊、感謝。
9. 立川談志 ビートたけし 太田光 『立川談志 最後の大独演会』 新潮社
晩年療養中の立川談志が、ビートたけしと太田光をホテルの一室へ呼び出して行った放談。2010年のもので、談志没後の2012年に出版。毒舌凄まじいが、石原慎太郎や初代林家三平、協栄ジムの金平会長など、こき下ろすにしてもそれなりに相手と気脈が通じているあたり単なる下衆の陰口に堕さない粋がある。また米朝や柳好への高評価に、この噺家に特有の鋭い批評眼を看取、なるほどなあと。キャバレーや講談まわりなど、すでに絶滅種といって良い昭和以前の文化の活写も嬉しい。
あと鬱の時期に行った十八番の『芝浜』で、噺の登場人物である魚勝の女房が談志の制御を超えて喋りだしたという挿話が、清濁併せ呑む噺家が芸事の神域へ踏み入れた感あってとても良かった。たけしや太田の敬意にじみ出る合いの手も良い。
元日の零時すぎ、窓外に花火の音を聞きながら読みだし、起き抜けの正午すぎ読み終える。立川談志 ビートたけし 太田光 『立川談志 最後の大独演会』新潮社、バンコクの会社倉庫にあったもの。
10. 『東南アジア、巨匠から新鋭まで』 国際交流基金アジアセンター+アテネフランセ文化センター
本よみめもでは過去#1~3まで扱ってきた国際交流基金アジアセンター『CROSSCUT ASIA』シリーズの姉妹本。アテネ・フランセも参画した企画上映イベントに併せた配本で、活動の存在自体が貴重だしアジアセンターが以前のように自前の上映スペースを持てなくなった現状では、横の交流も重要。ただ本自体は『CROSSCUT ASIA』に比べ通り一遍で薄味。偏屈おやじでも新星アニキ(アネキ)でもいいから、ガツンとパンチある御託をもう2,3含めたほうがいい。それでこそ公的資金の野心的合理というもので云々。
▽コミック・絵本
α. 五十嵐大介 『人魚のうたがきこえる』 イースト・プレス
もし自分に子どもがいたら、この絵本の醸成する環世界観はすこし強引にでも刷り込ませたい。わがままかもしれないけど、何冊も買ってバラして家のどこにいてもこの絵本の一部が目に入るようにしたい。生きるうえでの核心だけが描かれているし、そうでない世界を生きてほしいとは思わない。たぶん。
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β. 柳本光晴 『響 小説家になる方法』 7 小学館
安定して面白いのがすごい、と思う。特段書くべきことは思い当たらない。続きが楽しみ。
γ. 九井諒子 『ダンジョン飯』 5 エンターブレイン
4巻(よみめも35)のトーンを継承。というか3巻までの各話完結モードには当分戻れないor二度と戻らないのだろう。肝心の「飯」パートがやや低調気味なのが正直残念だけれど、迷宮の謎解明展開が軸である以上やむを得ないか、とも。軽い笑いのなかに命のはかなさを忍ばせるダークな巧さはこのひとの隠し味で、どこまでガチなのか読み切れないあたりこそこのひとのキレなのか。とか。
旦那衆・姐御衆よりご支援の一冊、感謝。
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今回は以上です。こんな面白い本が、そこに関心あるならこの本どうかね、などのお薦めありましたらご教示下さると嬉しいです。よろしくです~
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